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第4話
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上弦の月がぽっかりと浮かんだ夜空を眺めながら、恭介は砂利のうえに積み上げられたタイヤを椅子がわりにして腰かけていた。
恭介がいるのは板金屋の敷地だ。敷地内にはそれほど大きくない作業用の建物と事務所の入った建物が並んで建っていた。それらは敷地の端のほうにあり、あとはすべてジャリが撒かれている駐車場になっている。
ここの三代目になるいまの専務がバイク好きな男だそうで、そのせいでこの広いジャリ地が彼の仲間や後輩たちが自然と屯 する場所になったそうだ。
いつのころからかは知らないが、いまではその専務の顔見知りでなくとも、ひとがひとを呼んで乗り物好きがここにやってくる。恭介もそのなかのひとりだった。
いまだって周囲には恭介のほかにも、バイクや車で集まってきているたくさんの若者たちが、自慢のマシンを見せ合ったり、得意げに弄ったりして、好き勝手に時間を過ごしていた。
そしてここはあくまでもバイク好き車好きの若者たちが集まってくる場所であり、そのグループは、よく云うところの暴走族集団とはまた違う。どんなチームでもない。
しかしここにはリーダー格のシノザキと呼ばれる男がいた。
いつも複数人のシンパを引きつれた彼はカリスマがあるだけでなく、実際にバイクを操るのがうまいらしい。まれに希望者を連れて集団でツーリングを行 ったり、サーキットに遠征にでかけたりしているそうだ。
シノザキにはここらを仕切っていた暴走族の影のリーダーだとか、市内に本部をもつ指定暴力団の息子であるだとか、黒い噂がいくつかあったがどれも眉唾ものだった。
彼はいつもここへ来るわけではなかったが、それでも彼に憧れる多くの若者が、彼会いたさでここに通ってきていた。
恭介は別にシノザキのことをどうと思っているわけでもない。彼のファンでもなければ、熱心なバイク好きでもなかった。ただ家にいたくないという理由で、ここにきているだけなので、彼と顔をあわせても会釈する程度だ。
(たばこが吸いたい)
今夜はむしゃくしゃする気持ちで家を飛び出してきたが、たばこが吸えなくて、さらに苛立ちを募らせていた。
たばこを買うお金がないわけでもない。持って来るのを忘れたわけもはなく、ここに来るときにはわざと家に置いてきているのだ。なぜならば、ここでは喫煙が許されていない。
ここに集まるのには資格はいらないが、板金屋の専務に迷惑をかけない、やっかいごとを招かない、というのがルールだった。未成年の喫煙、飲酒などで警察や大人たちに突かれることをするなということだ。
他のものに迷惑がかかる行為だけはご法度とされているので、つまり理性が足りなかったり、粗野だったりする残念な人間には縁がないところでもある。
それにいつもシノザキの傍にいるマサキという男が特にルール違反に厳しくて、ハメを外してイキがる未成年を酷く嫌っていたので、そのせいもあるのだろう。
『ひとりが警察に目をつけられることで、俺たちの行動にケチがついたらどうするつもりだ』と怒る彼の姿は烈火のようだったと聞いたことがあるし、くだらない悪行が彼の耳に入ったことで、街で夜遊びができなくなったものもいるという。
だから一見不良の集会のように見えていても、じつは未成年の非行がまったく行われていない健全な集まりであった。もちろん成人による飲酒運転も行われていない。
恭介はここが気にいっていた。だからここに居たかった。もう癖になってしまっている喫煙ができなくてもだ。でもそれは場所のことを差している訳ではなかった。
ひとりではいたくない、でも誰かと親密に過ごすのはイヤだ。そんな恭介には、この集団の近くがなんとなく居心地よかったのだ。
不思議にここに来る人間は、適度な距離間を保てるヤツらだった。
会話してみてもその話の内容は興味深いものが多い。なかには学校の授業の話や、出題のしあいっこなどしているものもいる。
訊けばここに来るメンバーの多くは、偏差値の高い高校や、頭のいい大学に通っているらしい。頭の悪いものがここに来たとしても、会話に混ざれずにおのずと足が遠のいていくという。
「はぁ。たばこが吸いたい」
(こんなにイライラするんなら、家でたばこ吹かしてたほうがマシだったか?)
はぁっ、と苦々しく息を吐いた恭介の肩がいきなり叩かれた。
「うっす。来てたんか?」
「んー。さっきね」
先日校門のまえであった神田だった。
彼とは今年に入ってからここで出会ってすこし話をした。その時にはお互いがどこの学校に通っているかは話さなかったのだが、次に彼と顔をあわせたのがまさかの校内だったのだ。
品行方正とまでは云わないがそれでも学内トップクラスの成績を誇り、風紀委員長として教師の覚えのめでたい恭介だ。
神田は学校での恭介の顔を知った途端に、おもしろがって慣れ慣れしくつきまとうようになった。彼は悪いやつではないが、おそらく自分に利益を運んでくるやつでもない。恭介は彼とつきあうにはある程度の距離を置くつもりでいる。
「なんだ、つまんない顔してるな?」
「ほっとけよ。お前ツレがいるんだろ? あっち行ってろよ」
澄んだ夜空と、身体に響く心地良いバイクのエンジン音。いまはそれらにだけに浸って、恭介はひとりでゆっくりしていたかった。
「はいはい。云うこと云ったら行くよ」
「ん? なんかあるのか?」
「あちこちでパトカーうろついているってさ。マサキさんに云われて俺、伝令役なの」
「あぁ。ホントだ。ありがとな」
ぐるっと周囲を見渡すと、この敷地と隣り合わせの緑地公園を周回しているパトカーが確かにいた。
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