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第19話

「先輩、先輩。これ食べ終わったら次はポーアイ行こぉね」  彼にとことんつきあってろうという気持ちは嘘ではなく、それくらいの距離ならば全然オッケーだったが、恭介は素直になれず嫌そうな声で「えぇ…」と呟く。 (だめだな。ほんと俺、根性が根腐れてきたな……)  自分でも自分をくだらない人間だと卑下できるのに、奈緒紀はいたって気を悪くすることもなく、恭介に向かってにへっと笑う。  口もとに突きだされたスナックに、恭介は気まずい気持ちで口を開けて喰いついた。 (だからカップルじゃねぇって) 「じゃあさ、今度は俺が運転してあげる」 「いいえ、ソレは結構です」 「なんでっ? 俺、ジグザー運転してみたい」 「お前の後ろに乗るの、こえーよ!」 「大丈夫だって。にいちゃんのXJRよりは扱いやすいって、きっと」 「お前、アレ運転したことあるのか?」  恭介は育己に送ってもらった日に乗せてもらった、排気量四百の濃紺のボディーを思いだす。  とても音のいいバイクだったが、こいつにあの車重とパワーを扱いこなせるのだろうか。恭介の怪訝な表情に気づいた奈緒紀は、ぴくっと片方の眉をあげた。 「なに、先輩。俺にアレが乗れないとでもいうの?」 「だって、お前ちびっ子だもん」 「そ、そりゃ片足しかつかないけどさっ。でも俺、まだ五回しか立ちコケしてないんだよっ⁉」 「五回もコケてりゃ充分だよ。育己さんもよくお前にあのバイク貸せたな。俺はぜってー、お前の後ろだけは乗らないからな! ほら、食ったんなら行くぞ」 「なになに、先輩チョー失礼っ。あっ、ちょっと、ねぇ、待ってってば!」 「いそげ。五時まわるとだんだん混むから、さっさとおりるぞっ」 「んっもう! オーボーっ」  奈緒紀をベンチに乗り残しさっさとバイクへ戻ると、さきにバイクに跨った恭介は奈緒紀に向かってヘルメットを放り投げた。走りながらそれをキャッチした奈緒紀は「もっと俺を大切にしてっ」と面白いことを云う。 「バーカ、バーカ。ほら、行くぞ」  タンデムシートに 奈緒紀が飛び乗り、腹に彼の腕がしっかりまわされると、恭介は彼のリクエストである海に浮かんだ人工島に向かうために、また走りだした。                    *  奈緒紀にあっちだこっちだと背後から方向を指示されて、ようやくたどり着いた彼のお目当ての場所でバイクを停めると、奈緒紀は「よっ」と声をあげてタンデムシートから飛び降りた。  人工島の南に位置するこの周辺は辺鄙なところで、今はまったく人通りがない。 「このフェンスに囲まれた先が緑地になってるでしょ? あの芝生の斜面見える? あそこに登ろう!」  ヘルメットを抱えたほうとは逆の手で、彼が歩道に向かって指をさした。よく見ると歩道からは細い遊歩道が分かれていて、ずっと奥へとのびている。その遊歩道のさきが、芝生でできた高台につづいていた。 「はやくはやく」と()きたてる奈緒紀に云われるまま、歩道にバイクを乗せあげて遊歩道の入り口に停めた恭介は、彼に手を引かれながらフェンスに囲まれた細い道を海のほうにむかって歩いた。  ここからは海は見えてないが、ヘルメット取ったときから風に乗った潮の香りがずっと恭介の鼻腔を湿らしていた。 「こんなところになにがあるんだ?」  ここは背の高いフェンスに囲まれるようにして、刈り込まれた芝生が東西に続く殺風景な緑地だ。昔はこの辺に遊園地だとかコンテナターミナルがあったそうだ。 「この防波堤っていうの? この芝生の斜面をあがると……。ほら、見えるでしょ。海が」 「おー。ほんとだ」  ふたりが並んで立った堤防の天端(てんば)も細い遊歩道になっていて、東西に広い緑地の端から端を散歩できるようだ。そしてここから南に見える景色は、夕日にきらめく一面の海だった。すぐ近くで白波を引きながら小型船が進んでいる。 「船って近くで見ると、はやいよなぁ」  奈緒紀のお勧めでやって来た海に浮かんだこの人工島の端っこからは、三百六十度のパノラマが眺められた。 「どう? いいでしょ? あっちの橋の向こうが空港だよ」  すぐ足元の斜面をおりたところには、緑地に沿って東西にのびる車道があるが、それはコンテナ運搬用の特別な道路だという。そしてこの道路がこの島の一番南端になっているのだ。  緑地を囲むフェンスが邪魔してその車道には下りることはできず、ふたりはこれ以上は海には近づくことはできないが、それでも充分だ。  前方は大阪湾。そして背後には市街地と六甲山脈が見渡せる。ここもまたさっきのぼった六甲山の展望所とはまた違った、価値のある風景が楽しめた。 「タワーも観覧車も見える。あぁ。山も結構見えてるな」 「さっきまでいたの、あのあたり?」  奈緒紀が山脈のどこかを指さしていた。 「そんなのわかんないよ」  恭介の頬を心地よい潮風が撫でていく。  こちらを見ていた奈緒紀が、自分の反応に満足したように目を細めた。  沈んで行こうとしている夕日で、彼の顔はうっすらオレンジ色だ。奈緒紀の黄色い髪が風にふんわり煽られると、恭介は誘われたような気がしてその柔らかそうな髪を一房掴んでしまった。  

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