28 / 38

第22話

 はやく肌を(さす)りあげたいが、さすがに両手でないと()きがいい彼の腕は封じていられそうにない。手っ取りばやく奈緒紀をおとなしくさせていまうには、どうすればいい? 「せんぱい……?」  自分を呼んだ奈緒紀の声は、彼にしてはひどく弱いものだった。でもそれは恐怖のせいでも身を案じているせいでもない。それが恭介の意に一番沿わない、自分を心配しての声音だと恭介にはわかってしまい、怒りで目のまえが赤く染まった。 「痛っ!」  奈緒紀の首に思い切り歯を突き立てた恭介は、びくっと竦みあがった華奢な身体と、彼の悲鳴に満足しながら、その首についた歯型を舐め上げた。上体を起こして奈緒紀の顔を見下ろす。 「だから、黙ってろって云っただろ?」  奈緒紀は不満げに口を尖らせていたが云いたいことがあるのだろう、目が泳いでいる。本当に生意気だ。状況を知らしめるために、恭介は猛り立つ股間を彼の(もも)に押しつけた。 「抵抗すんなよ」  云わなくても、奈緒紀はきっと抵抗しないのだろう。彼に情をかけられたことは許容しがたいが、だったらそれを利用すればいい。  恭介が拘束していた彼の手を放していざ覆いかぶさろうとしたとき、ふいに奈緒紀の指が眉間に触れてきた。 「――?」 「ほら。先輩、また皺ができているよ」  指さきでぎゅっと眉間を擦られる。 「お前が、俺のこと引っ掻きまわすからだろ」 「なにそれ? 俺のせいなの?」  恭介はこの状況に置かれての、奈緒紀のこの言動にいささか(ひる)んでしまう。彼の真意がわからず答えを探るようにじっと彼の目を見つめた。 「訊きたいことがあるなら、訊けばいいのに。云いたいことがあるなら、云えばいいのに。ほんと先輩のいい恰好(かっこう)しい! そりゃ疲れるよ」 「なっ――⁉」 「ほらほら、また眉間に皺がっ!」  恭介はしつこく眉間をぐりぐり揉みこんでくる奈緒紀の細い指を、ぎゅっと掴みとった。 「イライラするのも、欲求をぶつけたくなるのも、俺のせいじゃないし、誰かのせいでもない。全てあんたの自業自得だろ⁉ 全部自爆。先輩のマゾ!」 「う、うるさい。お前ちょっと黙れ。わかったふうな口訊くな!」 「いいや、黙らないよ。だって先輩、いまこの状況、全部、俺のせいにしようとしてるんだもん」  奈緒紀をぎゃふんと云わせるどころか、逆に図星を突かれて返り討ちだ。しかしどちらにしても恭介の憤りの持っていき先は彼である。 「お前のせいだよ。お前に引っ掛かれて――」  くっ、と言葉を呑みこんだ恭介は、これ以上白状させられるわけにはいかないと、危険な奈緒紀の唇を塞ぐことにした。 「ふっ……んんっ」    舐めても咬んでも素直に開かない彼の口に焦れて、ぎりっと彼の顎のつがい目に力を入れる。 「っやぁ、――」 そして無理やりに開いた口腔に、舌を捩じりこんで思う存分になかを舐め上げれば、溢れてきた彼の唾液が細い顎を伝い落ちていった。 「あぁっ……あっ……っんっ」  舌さきから生じる快感と、彼に揉みこむようにして圧しつけている下半身の快感。そして小生意気な同性の後輩を屈服させていくという悦楽に、身も心もますます昂る恭介だった。  それなのに頭の片隅のほんの一部がシンと冷え込み、そこにある昏い瞳が自分を(なじ)るように見ているのだ。 (また、八つ当たりか……)  自分はいつもいつも鬱屈をぶつけるだけのために、ひとを組み敷いている。いつまで同じことを繰り返す? この愚行にはいつか終わりくるのだろうか。その終わりのときは、自分が朽ち果てるときなのだろうか、それとも昇華するときなのか。  自分はあとどれだけの人間を抱けばいいのだろうか。あとなんど抱けばいいのだろうか。抱くことが間違いであるのなら、では殴ればいいのか。  それとも――、抱くのがこの少年であるのならば、また違う結果が得られるのだろうか。  彼はいままでに恭介の周りにはいなかったタイプの人間だ。  馬鹿なふりを装いながら恭介のプライドをギリギリと高めていく。そうしておいてからどうやって見つけるのか、恭介本人でさえ知らない小さな入り口からするっと胸の裡にはいりこんできて、そのなかにある張りつめた琴線をゆるっと撫であげていく。  腹が立つのに心地よい彼の所業に、結局は恭介は陥落してきた。  彼が恭介の緩衝材となって、張りつめた気持ちを(なだ)めてくれるときのように、嫉妬も憎悪も情欲も、おなじように宥めてくれるのならば、どれほど幸せなのだろう。 「んっ……ちょっ、先輩、痛いっ、爪! 猫じゃあるまいしっ、爪を立てないでっ」  深く合わせたキスから顔を背けた奈緒紀が、顔に添えていた恭介の手を強く払った。もういちど彼の顎を掴んで確かめてみると、恭介の爪が食いこんでいた耳の下あたりから血がでている。舌を伸ばして舐めとると、奈緒紀はちいさく呻いた。 「……猫はお前だろ」  あっちこっちをうろついて、餌と愛情を掠めてとっていく(たち)の悪い野良猫だ。その愛らしい手を伸ばし、鋭い爪でひとから愛を掠め取っていく。

ともだちにシェアしよう!