「先輩ご飯五合炊いとくよ？」 「五合がどれくらいなのかわからんけど？」 「じゃあ、できたの見て、あまりそうだと思ったら冷凍して」 「冷凍って――」 　恭介は奈緒紀に訊こうとしたが、思い直してやめた。 （まぁ、ネットで調べればいいか） 　奈緒紀のそわそわした様子から、彼がはやく遊びに出かけたいんだろうと想像がついたからだ。 　今日はこのカレーができあがったらツーリングに出かけることになっていた。 　奈緒紀が四時には保育園に妹を迎えに行かなといけないので、いっぱい遊びたいならさっさと台所仕事を終わらせて家をでなければならない。 　ふたりで出かける約束は試験まえからしていて、やっと訪れた試験最終日の今日、奈緒紀は朝からうきうきしてたそうだ。 　それなのにわざわざカレーを作ってからでかけることになったのは、学校からの帰り道に恭介がほぼ毎日と云っていいほど、食事は外食かテイクアウトに頼っていると話したからだ。 　すると奈緒紀が、それは時間の無駄じゃないかと云いだした。 　お金の無駄ではなく、時間の無駄とはどういうことなのだろう。そう不思議に思った恭介が訪ねると、彼はその理由に店に足を運ぶ移動時間と、外食時には並行してできることが少ないという効率の悪さをあげた。 　云われてみればそうかもしれないが、それでも自炊をすることがない恭介にはいまいちピンとこなかった。 　――じゃぁ、一回試してみればいいんじゃない？ 　そう云いった緒紀は帰り道の途中で見つけたスーパーに立ち寄ると、あっという間に買い物をしてしまった。恭介が好物のスナックをやっと見つけたときには彼はもう会計を終えており、恭介は手に持っていたお菓子を陳列台に戻させられた。 　そして今に至る。 「先輩交代」 　杓子を奪い恭介をコンロのまえから立ち退かせると、鍋の底をこそげるように中身を混ぜ返した彼は、カチッとコンロの火を止めた。 「ほらできたよ。こんだけあれば三日はいけるでしょ？」 「三日？　それって飽きないか？」 「いやー。多分飽きないと思うよ？　だってカレーだよ？　飽きそうだと思ったら、小分けして冷凍しときなね」 （カレーを冷凍？　そんなことができるのか？） 　首を捻りつつも、それもネットで調べればわかるかと恭介は頷いた。 「わかった。サンキュー」 「好きなときに食べられるから、風呂や着替えるタイミングも考えなくていいし、時間も余る！　そうすれば先輩のストレスも減る！」 　伸びてきた奈緒紀の指先に眉間を突かれ、揶揄われたことに多少むっとした恭介だったが「いひひ」と悪戯そうに笑う彼の笑顔に、すぐに気が削がれてしまった。 　ちなみに今回このカレーで試してみて、実際に恭介が自炊のほうが利便性に長(た)けていると思ったのならば、奈緒紀がいくらでもお手軽に作れる料理を教えてくれるそうだ。 　でも結果がどうであろうが、恭介ははじめから料理は教えてもらうつもりでいた。 　あれから恭介は彼の妹たちと遊ぶ約束を果たすために、いちど彼のマンションに遊びにいっている。 　そのときもあそこはとても騒々しくて、恭介は玄関に足を踏みいれた途端に貧血を起こして、廊下に片足をついてしまった。 　それでもまぁ、いちど醜態を晒している家だし、今更とり繕う必要も感じられず、恭介はひらきなおってやりたいようにやってやったのだ。 「ほんとにほんとにあの宮内先輩？　っていうかこの間も来ました？」 　だっこだっこと膝のうえに乗り上げてくる由那と藍里の面倒を見ることまでは、奈緒紀との約束だったので我慢した。 　しかし舞子の相手まではしていられるかと、恭介はしつこく話しかけてくる彼女をぞんざいに扱ってやったのだ。 「ねぇ、俺、今日はこの子たちの相手しにきてんの、あんたはあっち行っててくんない？」 　ねぇねぇ、とずいずい迫ってくる彼女にうんざりして、恭介が横柄に顎をしゃくると、彼女は一瞬キョトンとした。そりゃそうだろう。学校で知られている自分は、穏やかでやさしい頭のいいイケメンの優等生なのだから。 　それでもすぐに動こうとしない舞子に「はやく退(ど)いて」と重ねて云うと、彼女は顔を真っ赤にして怒りはじめたのだ。 「なっ、ひ、ひどいっー！　先輩がそんなひとだとは思わなかった！」 　涙目で仁王立ちになった彼女に受けて立とうと思った恭介だったが、よもやそこに「だれだ、舞子を泣かしてんのわっ⁉」と、帰宅した良和が乱入してくるとは思ってもおらず、恭介は舞子を泣かしたと怒り狂うシスコンの良和と、掴み合いのケンカになってしまったのだ。 　結局ふたりのケンカの勝敗はつかなかった。智の準備していた料理の載った皿をひっくり返したところで、双方奈緒紀と智に羽交い絞めにされてひき離されてしまったのだ。そのあとは怒った智にふたり並んで正座で、説教を受けることとなった。 　年下のそれも中学生にされる説教には多少情けない思いもしたが、それでも自分が良和に腹に二発拳(こぶし)を食らったのにたいして、彼には三発入れることができていた恭介はまんざらでもなかった。