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第3話

 昼休みに裏庭に回って吸い殻を回収した。見つかって後々問題になっても面倒くさい。  便器に流す方法も考えたが、詰まったら面倒だ。  やはり科学室が一番いい。水につけてゴミ箱に捨てておけばすむ。  携帯灰皿を買うことも考えたが、手間だ。それにシガレットケースと財布、スマホだけでかなりかさ張っているのに、そこに携帯灰皿は邪魔くさい。  吸い殻を外のくずかごに捨て、教室に戻ると、相変わらずひとの席に屯していたやつに「シロ先に呼ばれてたぞ」と小突かれた。 「何で?」 「さあ」  気は進まないが、無視するわけにもいかず、戻ったばかりの教室を出て職員室へ向かった。 「失礼します」 「ああ」  顔を見せると白崎の方からこっちに来て、となりの相談室に招かれる。狭いこの部屋は進路相談なんかで使われているが、何となくそんな話ではない気がした。  ポットや湯呑みが置かれた長机を挟んで奥に白崎が座った。いつものジャージに、脂っぽい眼鏡。  仁志は扉の前に立って白崎を見下ろす。 「座れよ。まあ、説教って気分でもなくなっちまったけどな」 「は?」 「呼び出し食らっておきながら、人を食ったような態度とるやつは、説教なんかしても響かんだろうさ。お前くらいの年頃ならなおさら」  そう言いながら二人分の湯呑みを出してインスタントコーヒーを淹れる。 「インスタント嫌なんだけど。粉っぽくて」 「作り方の問題だろ」  インスタントコーヒーなのだから、作り方で差が出るなんてことはないだろう。  狭い部屋に白崎と二人きりだというのに、何となく想像と違う。となりの部屋からは教職員の話し声や、電話の音がするし、時々、廊下をバカっぽい話でゲラゲラ笑いながら通っていく生徒の声がして、二人という感じがしない。  渋々、湯呑みで出されたコーヒーを一口飲む。 「どうだ? 不味いか?」 「……まあまあ」 「ほらみろ、淹れ方だ」  そうなのかもしれない。確かに不味くはなかった。 「俺もお前くらいの時に吸い始めたんだ」 「不良じゃん」 「どっちかっていうと、リコーダーに近いけどな」 「は?」 「例えが古くて知らないか? 好きな子のリコーダー吹いて間接キスって」 「知ってるけど、あんなのネタだろ。つか、人の吸いさしを盗んだってことか……?」 「吸いさしじゃなくて、シケモクな。家で灰皿から盗んだんだよ」  口はつけず、コーヒーが入った湯呑みを傾け、それを見ながら話を続ける。 「火をつけるのにマッチはあったが、すったことなかったからな。手こずってる間に留守にしてた女が戻ってきちまって」  その彼女とはどういう関係だったのだろう。相手の留守中、家に行く仲。シケモク、つまり吸い殻なんかで間接キスしようと思うくらいだ、恋人ではなかったのだろう。だが、それなら、相手の女性にとって、当時の白崎はどういう立ち位置の子どもだったのだろうか。 「やばい、怒られるなって思ってたんだけどさ。煙草一本だけくれて、シケモクは毒だからこっちしろって。ろくでもない大人だったよ」  ろくでもないと言いながら、顔は嬉しそうだった。  普段は感情なんてないような、心を置いてきたような顔をしているくせに。 「今思うと、あの部屋でむせながら吸った煙草が一番うまかったな」 「何の話だよ、呼び出してする話か?」 「お前が嫌そうにするからさ。説教より効いたみたいだな」  にやりと笑う白崎を見て頭に血が昇った。なにも考えられなくなり、気づいたらパイプ椅子をひっくり返して立ち上がっていた。酷い音がしたはずなのに、その記憶がない。  ただ、この場から逃げたかった。  白崎は気づいていたのだ。自分がどういう目で見られているのか。仁志がどんな気持ちでいるのか。  知った上であんな話をしてからかってきた。  怒りや羞恥で目眩がする。  断りも入れずに相談室を出た。

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