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第11話 二十歳
アイスあるよの言葉通り、アイスをもらって、もう定位置になった、床に座った。田辺はベッドに転がされている。
「ごはん食べるよね?」
「うん」
吉野がいつものように夕飯を作る。この何でもない時間をいつもはぼーっとすごすのだけど、今日は、横で寝ている人の視線が痛い。
「なぁなぁ、連くんだよね」
初対面なのになれなれしいのは、酔っているかなのか素なのか。
「そうだけど」
「いつもきいてるよ」
いつもとは、どういことか、それは自分の聞いていいことか聞かない方がいいのか。そんな武市の逡巡の間に田辺は次から次へと質問してくる。
「何時ごろまでいるの?」
「日が変わるまでには帰るけど」
「何してるの?」
「特に何も」
本当に時に何もしてなかった。この家にはテレビがないので、じぶんの携帯で動画見たり、ゲームしたり、基本吉野の存在をBGMにごろごろしてる。もちろん全く会話がないなんてことはなく、時たま、お互いの近況も話してるけど、無言も多い。
「なにもないの? 本当に? あの吉野といて」
「なんですか、それ」
「えーー。なんか、吉野は黙っててほしいらしいから」
田辺はものいいたげな思わせぶりなかんじだ。なんだろう。
「いやさーー、いたいけな、少年にはちょっと、吉野は問題というか、道を踏み外していけないって言うか」
ちらりとみる吉野はいつもの感じだ。家にいるときは基本髪の毛をくくっているので、立体的な横顔がかっこいい。
「どういう意味ですか」
「それは言えないと言うか。ねーー」
ねーとこいきに首を傾げられた。たぶん、酔ってなくてもうっとうしい部類の人なんだろう。
「出来たぞ」
吉野がテーブルにいつもの野菜炒めを並べた。
「いただきます」
せまいテーブルににまぁまぁ大きい男がそろうとむさくるしい。
「吉野の料理っていつ食べてもあんまりおいしくないんだよな。そう思わない?」
「じゃあ食うな」
確かにおいしいかと言われるとそうでもないけど、特に食にこだわりがないので、あまり気にしたことがない。それよりもストレスなく人と飯を食うということの方が、武市には重要だった。
ここに来てから、自分は母と二人で食べる食事も、外でみんなで食べる食事も、あまり好きじゃなかったことを思い知らされた。二人で静かに食べると言うのが自分の精神に優しい。
「なんで、ここに来ることになったの?」
食事中も田辺の追求は終わらない。
「さっきから、興味津々過ぎんだろう。今日はお前のもろもろの話をしに来たんじゃねぇのかよ」
吉野は田辺にはずっときつい。武市の前ではいつも近所のお兄さん全としてるので、なかなか見ることのない姿だ。
「そんなのいつでもできるでしょ。それよりも好奇心のほうが大切」
「うるせー、ほんとうるせー」
いつも大人っぽいのに、男って感じがにじみ出る。武市がどこかお父さんのように見ていて、そういう振る舞いをさせていたのだろうか。
あまりに仲の良さそうな二人にあまり中に入れずにひたすらご飯を武市は食べていた。
「だって、吉野が人を家に呼ぶのって俺ぐらいじゃん。前の彼氏も、家に読んでくれないって泣き疲れてたじゃん」
もくもくとご飯を食べる武市の耳に何か、ひっかかった。吉野の顔をみると、あからさまに、あっ、という表情になっていた。
「彼氏?」
「あれ、言ってなかった? ごめんね?」
田辺は吉野に全く悪びれずに言った。
「言わねーだろ。ちが、違わないけど、」
吉野は頭をがりがりと書いた。こんなにあわてるのはめずらしい。すくなくとも武市は見たことがなかった。
「吉野さんゲイなの?」
「いや、どっちもいけるというか」
はっきりと答えを言わずしどろもどろに吉野は答えた。
「節操ないんだよ、こいつ。言い寄られたら誰でもいいの。今、予備校の生徒の男にめっちゃ言い寄られてて、年遠すぎるって断ったって話だったのに、同じ年の男家につれこんでんだぜ、マジ節操ない」
なかなか衝撃的な事実だった。でも、わからないでもない。吉野は見た目はちゃんとしてればイケメンだし、普段は物腰も柔らかい。モテる部類だと思う。こんな先生がいたら好きになる。それも予備校だと学校の先生より希望を持てる気がする。
「おまえ、黙れ」
「いや、連くんを思って言ってんだよ。こいつマジでたらしで手が早いから、あんまりかわいい顔してると食われるよって」
そう言って田辺は野菜いためを大きな口でほおばった。
「ちがうから、本当に」
吉野は反対にご飯を食べることを完全に中断してしまってる。
「男は確かに行けるけど、蓮をそういう意味では見てないから、その予備校の子も断ったけど、もうすぐ俺30だし、そうでなくても大人は高校生には手をださないよ。だから、気にしなくていいから」
吉野があまりにも必死で、それになぜか武市は悲しくなった。なぜだろう。自分が嫌われてないことは伝わる。ここにいくらでも来てもいいってことも伝わる。それはここが心地よく感じている自分にとってとても嬉しいことで。
「そんなあせらなくても、わかるから。第一、その田辺さんもここに遊びに来てるじゃん。逆に家に呼ばれてるってことは、そう言う意味じゃないってことじゃないの」
武市は自分でも何かがふに落ちないと感じながらもそう口にした。
それからしばらく、田辺が管をまいて、それを適当に聞き流しながら、吉野もお酒を飲んでいた。二人で楽しそうに飲んでるので、いない方がいいんじゃないかと思っていたけど、いままで以上に吉野が気使って話しかけてくれていて、いつもと同じくらいの時間まで家にいた。
「そろそろ帰る」
「おぉーー」
吉野が玄関先まで送ってくれた。田辺はもう完全に眠っている。お酒を飲んでいた吉野の顔は赤い。そういえばお酒を飲んでるところを見ない。
「あんまり、お酒強くないの?」
「そう。だけど、連が二十歳になったら一緒に飲もうな」
なにげなくそう言われて、心臓がきゅっとする。二十歳まで、あと二年が今の自分にはとっても長い。将来なにもない俺の二十歳。
「またおいで」
吉野にいつもより無遠慮に頭をかき混ぜられた。
武市は、ん、としか返事せずに、家にかけこんだ。
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