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第14話 鍵

 家に帰る。今日はバイトがなかった。まだそんなに遅い時間じゃなくて、やっぱり家は開いてない。少しぶりに吉野の家を訪ねる。  チャイムを押すと吉野が出てきた。 「あれ、久しぶりだね」 寂しがっていると田辺から聞いていたけど、変わりはない。 「あがっていい?」 「どうぞ」  ひさしぶりに来ても家も変わりない。描きかけの絵と歌詞のない音楽を奏でるレコード。油絵の具のにおいが来てない分だけ、ツンと鼻にかかる。 「ひいて、もうこないのかと思った」 定位置になった場所に座ると、吉野もいつものキャンバスの前に座った。だけどいつもみたいにキャンバスに向かうんじゃなくて武市に向く。何だろう。久しぶりだからか、いろんな気まづさがあるからか、まえの心地いい感じじゃなくて、ちがう味わったことのない感じがする。 「バイト忙しくて。卒業したら、家は出たいから」  バイトを詰めてたのはいろんな理由があるけど、確かに家を出たいのも一つの理由だ。いくら将来、何も考えてなくても、絶対に一刻も早く家は出たかった。 「そりゃあ、そうだよな」 現状の武市を理解している吉野もうなづいた。 「じゃあ、あと半年もせずに、いなくなるのか、寂しくなるな」  半年後、卒業までのそう遠くない未来。その時には家をでるのが自分の唯一の願いで。ただ、もうここに来る理由がなくなってしまう。 「それまでは、遊びに来いよ」 「うん」 武市はただうなずくしかできなかった。 また、武市は吉野の家に通いつつあった。前までのあの心地い感じには戻ってないけれど、バイト終わりの遅い時間でも、最近家が開いてない。母親の帰る時間が遅くなっている。 「母親なかなか帰ってこないな」 「一応、日が変わるまでは帰ってくるけど、ぎりぎり。ごめん」  悪いと思っているのだけど、夜10時を過ぎて一人ではどこに行くこともできないし、ぶらぶらするのもしんどい。吉野の好意に甘えまくっている。 「俺は別に、連がいるのはぜんぜんかまわないけど、一回、母親と話した方がよくない?」 「うん、まぁ、そうだけど」 「ずっと鍵もらってないの?」 「いや、中学まではもらってたけど」  この話はあまりしたくない。武市の気持ちを察知したのか、吉野は聞くのをやめた。  なぜ、鍵をもらえなくなったのか、できれば吉野には知られたくない。こんなにも今、全幅の信頼を得ているのに、鍵を没収された理由を知られたら、どう思われるかわからない。  この日、母はとうとう帰らず、吉野の家に泊めてもらうことになった。  寝室のベッドを借りる。吉野は床に布団をひいて寝ている。常夜灯が照っていて、普段の自分の寝ているところと違う景色なのに、こっちの方が安心している。 「ごめん」 「君のせいじゃない。でもそうだね、ちゃんと働いて、家は出た方がいいかもしれない」  ここでだれのことも悪くいわない吉野は優しい。 「和解した方がいいとか言わないんだな」 「話をして、家の鍵はもらったほうがいいと思うけど、家の事情はそれぞれだから」 「でも、本当は、俺が、」  つい口からでてしまって冷や汗が流れ出た。 「何?」 「何でもない」  武市はおやすみと、口早に言った。

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