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第16話 忘れない

 どこに行こうかと歩く吉野はかっこいい。もともと会った時から造形的にきれいな顔だと思っていた。だけど、いまはもっともっと、かっこよく見える。  顔を見ているだけで、感じたことのない感情があふれる。これは。 「ああいうことたまにあるのか」 言ってしまってから自分の声がツンケンとしてないか気になる。 「ほんとたまにね。でも、みんな卒業したら忘れるよ」  忘れない。そう言う桂の声が聞こえるようだ。忘れない自分もきっとあと少しの二人での時間も、今の胸の痛みを忘れない。いまあの男の気持ちが強くわかるのは、おれもあの男と同じように吉野が好きだからだ。  どこにいくでもなく駅前の商店街を歩いた。ゲーセンに入ったり、スーパーに寄ってみたり、本屋に寄ったりぶらぶら。放課後ってこういう感じで、友人とも同じようなことをして、それもそれで楽しかったこともあるけど、今の方がなんというか、心が踊るというのはこういうことをいうのだろうか。そのあと、中華屋に二人で入ってご飯を食べた。  ふと笑いかけてくる吉野の目が自分の目にまぶしく映る。前々からこの気持ちを知ってた。それでもひきづりだしたくなかったのは、どうしようもないからだ。もうこの気持ちが報われないことを知ってる。結論は出ている。自分は近所の子供から抜け出せない。 「まだみたいだね」  かなり遅い時間になっていた。武市の家の明かりは灯らない。 「あんま言いたくないけど、家出るにしても一度、話しておいた方がいいよ。もしかしたらそれが最後になることもあるだろうし。俺の友達とか、家族とけんかわかれしてるやつめずらしくないから」  吉野は、武市の頭を軽くたたく。武市の言ってることはわかる。 「もし駄目でもさ……。さっきさ、恋人とっかえひっかえっていわれてたけど、そのとおりで、俺さみしがり屋なんだよね。連に声かけた日あったろ。どしゃぶりでさ。あれ恋人と別れたばっかりだったんだよ。俺から降ったのに、今日からひとりと思うとさみしくて、もうぬれてもいいやって、やけになってて、そのとき連をみつけたんだ」 あの日のことを思い出す。風邪でふらふらだった自分の面倒をみてくれた。久しぶりの心地のいい時間。 「連でよかった。連とはすごく気が合うと思う。だから、もし駄目になっても、すきなだけうちにくればいいよ」  慈愛に満ちた声で優しさがあふれる言葉だった。もしこの人が自分と同じ気持ちをもっていたとしても、自分とこの人は結ばれないに違いない。自分には少し吉野は上等すぎる。そう思うと少しだけ諦められる気がするし、もったいなすぎる吉野に少しでも自分が目を向けられてよかった。 「ありがとう」 と素直に武市は言った。

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