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第17話 むずむずと嬉しい
北風が寒い。どんどんといろんなカウントダウンは迫っていて、それでも、生きてるし、真っ暗な未来しか見えなくても、とりあえず足元だけはみえるのは、今日みたいな予定があるからだろう。きょうは画廊に行く。
画廊なんていったことがないから気恥しかったけど、見に来てと言われていたし、見納めの絵があるのかもしれないと思うと、ずっとあの部屋に通っているものとしては見とかないといけないという使命感もある。
終わりまじかの時間にえいやと入った。中はなかなか盛況のようで絵の前で話している人や、数人の人が吉野と談笑してる。吉野が武市に気づいて小さく手を振った。振かえしたかったけど、気恥しくて少しだけ手をあげるだけになった。画廊の人が声をかけてくる。
「吉野さんの学生さん?」
「いや、知り合いなんですけど」
画廊の人はゆっくり見て行ってねと笑顔で言った。
吉野の絵はいつも見ている。それでもこうして壁にちゃんとかざられると印象が違う。雨の街並みと灯る街灯、人気のない世界。その雰囲気がぐっと濃密になる、より寂しくて、でもここがある種、楽園のような、きっとこのまちでは深く息をできる。
丸いシールが値段の場所に貼ってある絵もあって、それは誰かが買ったらしい。自分以外にもどこかの誰かがこの絵をいいと思ってる。それは吉野の絵だからというのもあるけど、そうじゃなくてもむずむずと嬉しい気がする。
「来てくれてありがと」
絵を眺めながら歩いていると吉野が声をかけてきた。
「うん」
「混んでるな」
「仕事掛け持ちしてると知り合いだけは多いんだ。昔の生徒とかもたまに来てくれるし」
比較的若い人が多いのはそういうことだろう。そばで自分より少し大人びた人が同窓会のように話し合っていて、卒業してからもこうして来てくれるのはそれだけ吉野の人望が高いということだ。
「もうおわりなんだ、一緒に帰ろうよ」
「うん」
帰り道が全く一緒なだけだけど、誰とどこによるでもなく自分に吉野は声をかけてくれた。それだけで嬉しくて、好きなものがあるだけで頑張れるという吉野の言葉を思い出す。たとえ報われなくても、嬉しい気持ちがある。それだけでいい。
来ていたお客さんを見送っている吉野を待っていっしょに見送った。
「今日、かっこいいじゃん」
客観的に見てちゃんとしてればかっこいい人だけど、今日は髪をセットして、シャツにジーパンじゃないパンツをはいて、小ぎれなので別人みたいだ。
「だろう? こういう日ぐらいしか、かっこつけるときないから」
「絵うれてた。よかったな」
「たまたまだよ。売れない絵のほうがよっぽど多い」
「売れない絵はやっぱ捨てるの?」
「捨てるというか、剥がすというか、一応友達と借りてる倉庫もあるけど、描いてたらたまる一方だから」
「さみしいじゃん」
「でも、いまよりいい絵をかけるっていつも思ってるから。それにみんな見に来てくれたし、連も来てくれたしさ」
吉野はあまりにもさわやかで自分にはもったいない。心の底から思う。自分はこの人に気持ちをかけても会うような人間じゃないし、まして、ずっと横をあるけるような人間じゃない。
「いつも見てるじゃん」
「でも、ちゃんとかざってやるとちがうだろ? 今日の俺みたいに」
安易にそうだねとか言うとかっこいいと手放しに吉野をほめてるみたいになるので、むっと口をつぐんだ。吉野はそんな俺のことを見透かしてるみたいで、背中を軽くたたいた。
こんな何気ない時間がたまらなく好きだ。好きなんだ。
自分はまだギリギリかわいそうな子供だから見守られているけど、卒業のしたらきっともう会えることもない。
この好きともお別れで、でも、一度好きを知れた。自分にはもったいない好きだったから、得られないのはしかたない。だから大丈夫だ。別れ際、どうせ終わるのなら、ちゃんと告白しよう。そして降られたら吉野の絵を買いたい。自分には高すぎるけど、初任給は無理でもボーナスとかで、数か月はカップラーメンでいいから、一枚絵を買って、この人にもらった暖かさを、好きな気持ちを持っていた自分のことを忘れないようにしたい。
「今日も食べていくよな」
まだ早いしどうせ武市の家は開いてないだろう。吉野は夕飯に、好きな野菜炒めの具を聞いてきた。あまりにも優しい顔で、暖かくて、逆にそれがせつなくて、そんな帰り道、家の前だった。そこには、知ってる背中があった。
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