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第19話 悪くない

 いつの間にか口を開いて言葉が滑るように出てくる。 「おなかが空いてたんだ。母親は今みたいに帰りが遅くて、夕飯は、母親は外食をしてきて、俺には総菜を少しだけ。でもバイトもできないし、どうしてもおなかが空いて。初めて盗んだ時はコンビニでチキンをかった。すごくおいしかった」  よく覚えている。あの頃はたぶんまだヤンキーと呼ばれるような立ち位置ではなかった気がする。いつもお腹が空いていて、ちょっとカリカリはしてた。給食だけだと、夜までもたなくて、お菓子というものも、あまり買ってもらってなかった。いや、もっと小さい頃はテストで100点をとった時なんかはご褒美でもらっていた。夕飯も一緒に食べていた。それが武市があまり勉強ができなくなるにつれて母親は、武市に関心をなくし、手間をかけなくなった。  自分は母親の眼中にない、それがわかって来て、このままお腹を空かしていても、だれもなにもしてくれない。家に帰りしなにキャンペーンでコンビニのチキンが駐車場で売られていた。脳に響くようないいにおいがして、それに突き動かされるようにお金を盗っていつのまにかチキンをむさぼり食っていた。 「ほんとうは、お金を盗むからって鍵を没収されて。だから俺のせいなんだ。迷惑かけてごめん」  しばらく、吉野は黙ったままで、頭を下げた武市は吉野の目を見れない。胃液がせりあがってくるムカつきを胸に感じた。 「連が悪くないとは言えない」  吉野の言葉に頭は冷水をかけられたようなのに、体が熱く燃え上がるようで内臓が痛い。 「連は自分のことを悪いと思ってるから、俺が悪くないって言っても連には響かないだろう。悪いとか、悪くないとかは、置いといて、俺は中学生は、育てられる義務があると思うよ。だから、それは母親のお金で、連の分のお金もあった」 「うん」 「一度だけ、頑張って話して謝ってみな。お金も盗った分は返して、それでもうまくいかなければ、別れればいい。俺は今の連をそばで見て、連が悪い子だとは思わない。大丈夫だ」  吉野は力強く真剣にそう言った。  このどうしようもない罪悪感とお別れしてもいいと言ってもらえた。本当は母親にもっと訴えればよかったとか、もっと自分がいい子であればとか、できることがあったとか思って、それが罪悪感になっていた。それに、自分が悪いままでいることで母親に向いてもらえるとどこかで思ってたのかもしれない。でも、もういい。謝ってお金を返そう。 「ありがとう」  武市はふっと顔をほころばせた。こんな風に誰かに感謝したのはいつぶりだろう。さっきまで痛かった胸が今は急速にゆるんでいく。 「蓮」  そう言いながら吉野はふいに手を伸ばした。何だろうと思うと同時にそのまま抱き寄せられる。ぎゅっと背の高い吉野に覆いかぶせられるように、抱きしめられて全身が暖かい。買い物袋が武市の背中に当たって音を立てている。  しばらく抱きしめられていた。降って湧いた幸福だった。意味がわからないながらも、何か言うと離されるだろうと、何も言えない。 「ごめん、なんかかわいすぎた」 手を離した吉野はばつが悪そうだ。 「吉野さんって俺の事ペットだと思ってるでしょ」 「そうかもしれない」  肯定されてそれは寂しいんだけど、もうわかってる事実だ。何より抱きしめてもらえた暖かさが自分の今後の貯金になることがわかっていて、ペットと思われてもよかった。どうせ自分はペットなら最後までずうずうしく愛されよう。 「謝ってみる。たぶんうまくいかないと思うけど、もういいと思う。もし、上手くいかなかったらまた行ってもいい? 迷惑じゃない?」  行っていいと吉野が言うのはわかってるけど、もう一度、許可の言葉がほしかった。  吉野は少しだけ困った顔をする。あまりにも甘えすぎたかと瞬時に足がかたまりかけたけど、思ったこととちがう言葉が出てくる。 「なんでだろう。なんか、本当にかわいいんだ。駄目だと思ってるのに、家にも外にもやたら誘っちゃうぐらいにさ。連の事ずっとそばに置いておきたいと思う。連に来てほしいからうまくいかなければいいのにと思う俺は最低?」  頭をなでられる。その瞳に慈愛というものが満タンに入っていて、勘違いしそうになる。どうせペットとしか思われてないのに、気持があらゆる面で爆発していて全部吐き出してしまいたくなった。  言ったらだめだ、家に行けなくなる、あののんびりとした空間がなくなってしまう。でも言ってしまいたい。初めて得た好きのおもむくまま行動したい、この好きの気持ちを聞いてほしい。  ひゅうと冷たい風が吹く。   きっと丁重に断られる。つらい思いをする。だけど、この人は裏切らない。俺のこの好きの気持ちを尊重してくれる。もう吉野の家に行けなくなっても、この好きの気持ちはなかったことにはならない。  こんなに自分を強くしてくれるのが好きということなのだろうか。いままで何もかもが暗かったのに、今はひとすじまっすぐ自分の前に光がある気がした。 「それはどういう気持ちで置いておきたい? やっぱりペットみたいに置いて置きたい? 俺は吉野さんの事好きだから、ずっと一緒に居たいよ」  たまらなくドキドキする。さっきから全身が忙しいけど、きっと今が一番、体はせわしなく動いてる。  吉野を見上げた。吉野は目をくりっと驚かせてから、三日月のように細めた。 「そうだね。そうか。一緒に居たいって俺もずっと思ってた。連に対してが初めての感情だったからわからなかったけど。これが本当の好きって気持ちか」 吉野はふっと、笑って、武市にキスをした。

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