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第20話 頑張れ
その日は吉野の家に泊まった。
「俺も、連のことは、好きっていうか、愛しいって思うし、キスもした。でもそれ以上のことは、学生である以上できません」
と断られたので、普通に寝る。前に泊まった時は吉野は床に布団を弾いたけど、同じベッドに横になった。
吉野はおもむろに手をつないできて
「どきどきするね」
と言い、絶対眠れないと思ったけど、どきどきに疲れたのかいつのまにか武市は寝ていた。
朝起きると吉野はまだ眠っていてカーテンから薄明かりが漏れていた。世界がまぶしく見える。こんなにも晴れやかな朝は初めてだ。
吉野の髪の毛を触る。はじめて触る吉野の髪は思ったより柔らかい。くすぐったそうに吉野が眉を寄せて。ゆっくり目覚めた。
「おはよう」
吉野の起き抜けの声が甘く耳に響く。
帰りたい家がある。仕事をして、ただいまやお帰りを言いたい。吉野が絵を描く横で 音楽を聴きながらごろごろしてたい。
「ちゃんと就活しようと思う」
自然と自分でそう思えた。ずっと暗かった未来に日が差していく。
「頑張れ」
吉野が俺のおでこにキスをした。頑張ろう、武市は自分の両手を握りしめた。
相変わらず家には帰れない、母親が留守にすることも多くなった。武市は吉野の家に多々、泊めてもらうことになって、最小限の荷物だけを吉野の家に持ち込んで、他の荷物を処分した。帰りたい家がある、自分の隣に好きな人がいる。それだけでいつもこころが安定していた。前までのいろんな腐った気持ちが嘘みたいで、バイトもやめて就職課に通って先生の話もよく聞いた。
この先の未来を、吉野といっしょに生きていけるんだと思うと、やる気が出て、卒業の少し前、寒さがようやく落ち着いた頃に就職も決まった。少し離れた工業地帯の商品管理の仕事はとくにしたいというわけではなかったけど、自分が就職したというだけで誇らしい。
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