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第3話

翌日、早朝。 ホッチナーのオフィスで、ロッシがホッチナーのデスク越しに座っている。 職員はまだ誰も出勤していない。 「それで? 昨夜は上手く行ったのか?」 ロッシに訊かれてホッチナーが複雑な顔になる。 「まだ分かりませんが、失敗だと思います」 「おいおい!」 ロッシが意気込む。 「お前がリードの傷がどうしても気になって確認しようとして、リードに確認以上のことをしてしまったから、こうなったら自分の気持ちを伝えたいと言うから俺が作戦を考えたんだぞ? それもロマンチックな夜空の下での告白だ。 リードは普通に告白しても気付かないだろうから、お前の気持ちをラテン語にして捻りを入れた。 完璧だろう? それでリードは何て答えたんだ?」 「……それが…」 ホッチが深く息を吐く。 「あいつ…俺に傷を見せてからドキドキが止まらないって言うんです。 かわいい顔して無邪気に俺を見上げて…リードにそんなつもりは無かったでしょうが、俺は煽られて…負けました。 自分に。 そしてリードの気持ちを確認する前にキスしてしまった。 最低です」 「まあそんなこともあるさ。 それでリードは?」 「それが…目が回る、クラクラするって言い出して…座り込んでしまって。 それで家まで送って行って、一応熱を測ったら微熱があって。 解熱剤があったのでそれを飲ませて頭を冷やしてやって帰ろうとしたら…」 「帰らないでって言われた、だろ?」 ホッチナーが目を見開く。 「そうです。 何故分かったんですか?」 ロッシが肩を竦める。 「そりゃあ分かるさ。 きっとリードの本格的なファーストキスだ。 頭がオーバーヒートしちまったんだろうが、初めての経験で、心細いし、熱はあるわで不安になるのは当然だ。 それに普段からお前を信頼しているからな」 「信頼なんて…」 ホッチナーが自嘲気味に笑う。 「もう崩れましたよ。 傷を確認した時も俺はリードを言いくるめた。 リードの為じゃ無い。 自分の為に。 リードと何か特別の繋がりが欲しかったから。 そして勝手に告白して強引にキスまでした。 そんなヤツを何故信頼出来るんです?」 「でもリードは帰らないでと言った。 そしてお前は帰らずにリードが眠るまで側に居てやった。 リードは眠ったんだろう? 信頼しているお前が居て安心したからだ。 リードは初めての経験に驚いただけだ。 お前に本気で怒ったり、嫌だったのなら、キスの後、逃げ出してるさ」 「そうでしょうか…」 「そうそう。 恋愛なんて上手く行く時は自然と上手く行くし、駄目な時は何をしても駄目なもんだ。 今回は上手く行った内に入るだろう? 告白してもキスしても拒絶されなかったんだから。 ただリードにとっては初恋になるだろうから、きっとこの先、驚くことの連続になるだろう。 お前も離婚して一人の時間は十分あるんだし、リードに細かく気配りしてやってフォローしてやれ」 「ええ。 それは勿論」 「良し!」と言ってロッシが立ち上がる。 「そろそろ早い奴らが出勤して来たな。 俺は自分のオフィスに戻る。 それとな、アーロン」 「何でしょう?」 「細かい気配りとフォローさえしてやれば、強引に行くのは間違いじゃないぞ。 特に相手が箱入りならな」 ロッシはそう言い残すと、ホッチナーのオフィスを出て行く。 ホッチナーは自分の右手を見た。 リードはベッドに寝かせてやって、帰ろうとした俺の右手を掴んだ… 『ホッチ…まだ帰んないで…』 細い指 弱々しい声 とろんとした大きな瞳 俺が『お前さえ良ければ』と言ったら、子供の様に笑って『うん』と答えた… その癖、俺がベッドの脇に座ったら、俺の手を掴んだまま直ぐに眠ってしまった… リード… 俺は本当にお前を傷つけていないか? 「おはよう、モーガン」 「おはよう、プレンティス。 もしかしてそのコーヒー俺の?」 エミリーが二つ持っていたコーヒーのボトルの一つを、「そうよ」と言ってモーガンに渡す。 モーガンが「サンキュ」と言って受け取ると、小さくウィンクする。 「でも何でわざわざ買って来てくれたワケ?」 「本当はリードに買ってやりたかったんだけど、あの子滅茶苦茶甘党じゃない? だからどんな注文しようか迷っちゃって。 でも二つって注文した後だったから、ついで」 「ついでかよ。 ひでぇな〜」 そこにエレベーターがやって来て二人が乗り込む。 モーガンがボタンを押すとエミリーが言った。 「あら、良いでしょ。 只でコーヒーにありつけたんだから。 だからリードにはカフェオリジナルのチョコチップクッキー買って来た」 モーガンがフッフッフッと不敵に笑う。 「何よ?」 「勝負あったな、プレンティス! 俺はマカロン!」 「嘘!? いつ買ったのよ!?」 そして二人はエレベーターを降りる。 モーガンが勝ち誇った様に答える。 「昨日の帰り。 早かったからさ。 前の彼女が好きな店がまだ開いてたから」 「言ってくれれば私も行ったのに〜!」 「残念でした〜」 「ズルイ! コーヒー返して!」 「もう一口飲んじゃった」 そうして二人が競うようにBAUのオフィスのガラス張りの扉を開けると、ガルシアがドアに向かって来た。 「おはよう、ベイビー」 「ガルシア、おはよう」 「おはよう、モーガン、エミリー」 そう言うガルシアは見るからに焦っている。 「どうした、ベイビー。 顔が強張ってんぞ」 ガルシアはキッと二人を見ると、小さく手招きしながらオフィスの隅に行った。 その後をモーガンとエミリーが続く。 「ホントどうしたの?ガルシア」 心配そうなエミリーにガルシアが小声で言う。 「昨日リードが残業になって食事会が流れたじゃない? だからリードにお疲れ様って思って昨夜トリュフを作ったの」 「手作りトリュフかよ! 流石だな、ベイビー!」 モーガンがガルシアの髪にチュッとキスをする。 「もう、モーガンってば〜…じゃなくて! 今、それを渡して来たんだけど…。 リードが変なのよ!」 「変?」 エミリーが眉を寄せる。 「そう! 目がウルウルしてほっぺたも薄っすらピンクで…超かわいいのよ!」 「なーんだ」 エミリーが今度はホッと肩の力を抜く。 「リードはルックスは美少年じゃない。 元々超かわいいでしょ? 何が変なの?」 「あ〜も〜だからー! 何かこう…違うの! いつものリードじゃない! ねえ、もしかして仕事のし過ぎで知恵熱でも出したとかじゃないかな!? それを自覚してないとか!? その副作用で超かわいく見えてるだけ! 過労で倒れちゃうかもしれない! 精神疲労だってあり得るかもよ!?」 モーガンが深刻な顔になる。 「昨日は昼間も機密情報の仕事をさせられて、残業も国家安全保障局の500ページもある暗号解読だしな…。 天才でも基本繊細なヤツだし…。 昨夜は徹夜したのかもしんねぇぞ!」 エミリーも頷く。 「そうね。 兎に角リードに早く会おう!」 「あたしJJに知らせて来る!」 ガルシアが足早にBAUのオフィスを出て行く。 エミリーとモーガンが視線を合わせて頷き合うと、ダッシュでリードのデスクに向かう。 「リード!」 二人に同時に呼ばれて、リードがくるっと二人の方を向く。 「おはよう、モーガン、エミリー」 確かにリードはガルシアの『言う通り』だった。 大きな瞳は潤んでいて、普段真っ白な頬はほんのり桜色に染まっている。 モーガンとエミリーは思わず黙った。 そして目配せを交わす。 最初に口を開いたのはエミリーだ。 「リード、昨日はお疲れ様。 これ差し入れ。 私のお気に入りのカフェのチョコチップクッキー。 良かったら食べて」 リードがニコニコと笑って受け取る。 「ありがと、エミリー! あ、そう言えばさっきガルシアも手作りトリュフ持って来てくれたんだ〜」 「それだけじゃないんだな〜」 モーガンがバッグからリボンの着いた小ぶりの正方形の箱を取り出すと、リードのデスクの上に置く。 「モーガンも? みんなどうしたの?」 不思議そうなリードに、モーガンがやさしく答える。 「みんなお前が昨日頑張り過ぎたんじゃねぇかって心配してんだよ。 いいから受け取れ。 因みに俺はマカロンだから」 リードがばあっと笑顔になる。。 「マカロン!? 大好き! モーガン、エミリー、ありがと! 何から食べようかなぁ〜」 うきうきと皆からの差し入れをデスクに並べてご満悦のリード。 モーガンとエミリーは、ささっとさっきまでガルシアと居た場所に移動する。 モーガンが「お前も気付いた?」とエミリーに訊く。 エミリーが即答する。 「気付いたわよ! あれは過労じゃない。 恋人か好きな人と何かあったのよ! あの変わりようは恋愛のせいだって絶対!」 「やっぱりな…。 ガルシアはリードを心配し過ぎて気付かなかったんだ。 JJもリードを本当の弟の様に可愛がってるし、心配が先走って気付かないだろう。 二人が勘違いして騒ぎ出す前に先手を打とう。 まだ始業時間まで30分ある。 俺はガルシアに説明するから、プレンティスはJJを頼む」 「分かった!」 そうして二人はBAUのオフィスから駆け出して行った。

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