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第4話
「リードに好きな人ぉ!?」
ガルシアが椅子からガタッと音を立てて立ち上がると、モーガンがガルシアの肩をやさしく掴んでまた座らせた。
「ベイビー、そんなに驚くなよ。
リードだって恋くらいするだろ?」
「信じらんない!」
「…それは流石にひでぇだろ?
リードだって…」
「違う!
リードに好きな人が出来たのが信じらんないんじゃなくて、それに気付かなかったあたしが信じらんない!」
「お前はリードが疲れてると思い込んでいた。
仕方無いさ」
ガルシアがフンッと横を向く。
「モーガンだって過労だって思ってたじゃん!
何よ?
モテスキル発揮しましたとか言う気?」
「ベイビー…あんまりかわいいこと言うとお前にモテスキル発揮するぞ?」
「もぉ〜モーガンったら〜」
ガルシアがうふふと笑うと、モーガンのスマホが鳴った。
「おっとベイビー、グリーフィングの呼び出しだ。
リードの件は、今は俺とお前とJJとプレンティスの四人の秘密だからな」
「うん!
分かってる!
さ、あたしも準備しなきゃ!」
パソコンに向かうガルシアを微笑んで見ながら、モーガンはガルシアのオフィスを出て行った。
JJがリモンコンのスイッチを押すと、画面にベンチで眠っている様な男性の全身が映った。
「彼はランディ・ミラー、26才。
今朝の午前5時にジョギング中の通行人に発見されました。
目立った外傷は無し。
ご覧の様に着衣に乱れも無し。
第一発見者は酔って眠ってしまっていると思ったそうです。
彼はほぼ2l年前に失踪していて、当時は家出扱いされていました」
次に男性の遺体の顔のアップと、免許証の物らしき写真が映し出される。
遺体の男性は確かに、安らかに眠っている様に見える。
「死因は?」とロッシ。
「致死量を遥かに上回る量のヘロインが血液中から発見されています。
但し、注射痕は無し。
ヘロインを日常的に常用していた形跡もありません」
モーガンがじっとファイルを見ながら言う。
「無い無い尽くしだな。
それにこの遺体の洋服も靴もブランド品だよな?
自殺の線は?」
「それがね」と言ってJJがリモコンを押すと、六人の男性の写真が現れた。
「この十年間に失踪して遺体で発見された六人なんだけど、今迄はモーガンの言う通り失踪の末の自殺だと思われていた。
だけど今回の事件で関連性があるんじゃ無いかと疑われて、うちに依頼が来たの」
エミリーが言う。
「でも皆、今回発見された被害者と同じ様な状態で発見されてる。
ブランド品で身を包んで死因はヘロインの過剰摂取。
なぜ十年もの間、連続殺人だと警察は思わなかったのかしら?」
「たぶん失踪期間と発見場所と発見状態のせいじゃないかな」とリードが話し出す。
「最初の被害者は六ヶ月失踪して発見された。
次は1年半。
その次は8ヶ月。
今回の被害者は2年。
発見場所も全員カリフォルニア州内だけど散らばってる。
それに六人全員目立った外傷も無かった。
今回までは」
「今回までは?」とロッシが訊くと、ホッチナーが立ち上がった。
「今回の被害者、ランディ・ミラーはレイプされていて、靴もちゃんと履いていたのに検査官が靴下を脱がせたら、足の裏はガラスの破片で傷だらけだった。
そこで彼を発見したロサンゼルス市警察が似たような事件が無いかカリフォルニア州全域で調査したところ、他の六人が浮かび上がった。
この七人は全員に共通点がある。
白人で職業がモデルだったことに加えて、所属事務所やエージェントが全員ハリウッドにあったこと。
年齢は22才〜26才の20代。
それに容姿も似ている。
男性モデルの中でもかなり細身で、身長185弱。
茶色の巻き毛と茶色の瞳。
それと皆、大きな仕事のチャンスを前にして失踪している。
失踪後の足取りは?ガルシア」
ガルシアがパッと画面に映る。
「それなんですが、失踪後の記録が全く有りません。
カードも使われていないし、住居も殆ど失踪して二ヶ月で大家が解約しています。
働いていた形跡も無いし、税金の申告もありません。
免許証の更新すらしてない被害者もいる。
ネットを使った形跡も無し!」
「スマホなどの類は?」
「失踪したと思われる日に通信が途絶えています」
「犯人が捨てた可能性が高いな。
7人の失踪から発見に至るまでのバックボーンを細かく調べてくれ」
「アイアイサー!」
ブチッとガルシアが消えて被害者の画像に切り替わる。
ホッチナーが全員を見渡す。
「犯人は必ず次のターゲットもハリウッドで狙う。
ランディ・ミラーの所属していた事務所の社長が今日なら会えると言ってきた。
明日からはパリだそうだ。
30分後に出発。
以上だ」
皆が立ち上がろうとすると、モーガンが「ちょっと待ってくれ」と言った。
ホッチナーが「何だ?」と訊く。
「検死報告書には手首にも足首にも、もっと言えば全身に拘束されていた痕跡が無いってあるぜ?
拉致されたのなら普通逃げようとするもんだろ?
それなのに防御創どころか、かすり傷一つ無いし、逆に身体の手入れを念入りにしていたらしい。
もし駆け落ちだったら?
それで上手く行かなくなって自殺って線も有るんじゃねぇの?
ハリウッドで似たような容姿のモデルなんて何百人もいるぜ?」
「だが駆け落ちなら、生活が落ち着けば家族に連絡くらいするだろう。
それも無いんだ。
それに共通点が多過ぎる。
もし駆け落ちなら駆け落ちでいい。
但し最後の被害者だけはレイプされている。
レイプから死亡するまでの時間は約2時間だそうだ。
それにヘロインを常用していない人間が、レイプされて自殺しようとしたとしても、そんな短時間で致死量のヘロインを入手出来るだろうか?
男なら首を吊るか銃を使うだろう。
それに足の裏が傷だらけなら、わざわざ街中まで行って自殺しなくても良いんじゃないか?
プロファイルする価値はある」
モーガンも立ち上がる。
「そうだな。
それに真実を確認すれば遺族の役にも立つし」
「そういう事だ。
今回本部はロサンゼルス市警察に置く。
それとリードは残れ。
話がある」
モーガンとエミリーとJJがそそくさと会議室を出て行く。
ロッシもさっさと会議室を出ると扉を閉めた。
「……なに?」
リードが円卓型のデスク越しに上目遣いでホッチナーを見る。
ホッチナーが珍しく躊躇った様子で、「その…そっちに行っていいか?」と訊く。
リードは「いいよ」とだけ答える。
ホッチナーは足早にリードの側にやって来ると、目の前で止まり、「まだ熱があるのか?」と言った。
「無い」
リードが俯く。
ふわりと栗色の巻き毛が揺れる。
「本当に?
目が潤んでるし、頬が紅潮しているようだが…」
「……じゃん」
「悪い。
聞こえなかった」
「ホッチのせいって言ったんだよ!」
「リード…それは…」
リードが顔を上げる。
潤んだ瞳に胸を射抜かれ、ホッチナーはリードに手を伸ばそうとして果たせず、握り拳を作って両手を下げた。
リードが頬をもっと赤くしてホッチナーを睨むが、ホッチナーはかわいいと声に出しそうになるのを必死で堪える。
リードがホッチナーを睨んだまま口を開く。
「ホッチがあんなキスするから、僕はビックリして何か分かんないけど気持ち良くなっちゃって酔っ払ったみたいになっちゃって立っていられなくなっちゃった!
だってあんなキスしたこと無いもん!
熱まで出してドキドキはもっと酷くなるし、朝起きたらホッチは居ないし、僕は寂しくて…ああ、もう!
目が潤むのもほっぺたが赤くなったままなのも全部ホッチのせいじゃん!
全部ホッチのせいだから!」
リードがそう言って、くるっとホッチナーに背を向ける。
「リード」
「…なに?」
「顔を見せろ」
「やだ」
「頼む」
リードがチラッと振り返ると、照れ臭そうなホッチナーがいた。
「悪かった。
全部俺のせいだ。
お前が起きるまで待っててやれば良かった。
気が利かないな、俺は」
「…そうだよ」
リードの潤んだ瞳から涙がボロポロと零れ落ちる。
「ホッチの馬鹿…」
「ああ、そうだ」
ホッチナーがスーツのジャケットからハンカチを取り出し、リードの涙を拭う。
「ホッチなんて嫌いだ…」
ホッチナーが片手でポンポンとリードの頭を叩く。
「謝るから。
俺は馬鹿だ。
馬鹿で良いから嫌いは止めてくれ」
「本当に悪いと思ってる…?」
「ああ。
ここが職場じゃなかったら、お詫びに何だってする」
「…ん…分かった。
嫌いは取り消す」
リードがえへへと笑って、また一粒涙が零れる。
ホッチナーがハンカチで丁寧にその涙を拭う。
そして言った。
「もう泣くな。
出発は30分後と言ったのは俺だ。
時間に遅れたら、今度は皆に馬鹿呼ばわりされる」
「そうだね…。
じゃあハンカチもーらい!」
リードがホッチナーの手からパッとハンカチを掴み取り、書類をざっと抱えると会議室の扉に向かう。
ホッチナーがすっとリードの横に並ぶ。
「ハンカチで許してくれるのか?」
「だってこのハンカチ、僕のDNAが付いちゃったから」
「気にすること無いのに」
「僕が気にするの!」
ホッチナーが扉を開けてやると、リードは満足そうに会議室を出て行った。
一方、その頃モーガンとエミリーは…。
モーガンはガルシアに、エミリーはJJに向けて、『好きな人問題とは別に、やっぱりホッチはリードに怒ってた!泣くほど説教されてた!』とメッセージを送信していた。
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