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第8話

ホテルの近くのカフェで四人は朝食を終えると、ロサンゼルス市警察に向かった。 リードはJJの運転するSUVに乗り、モーガンとエミリーは別のSUVに乗った。 モーガンが運転しながら、「リードは昨夜もホッチに説教されて、今朝も説教されてブチ切れたってとこだな」と言うと、エミリーが「でもホッチらしく無いよ」と答える。 「と言うと?」 「昨夜、お説教されたのはまだ分かる。 でも仕事の前にお説教するなんて、リードの士気が下がるのは分かり切ってるじゃない。 それでなくても今日リードは、食事会に行くっていう大事な仕事がある。 そんな日の朝に、ホッチがお説教するなんて有り得ない」 モーガンが思案顔になる。 「まあ…それもそうだな。 だけどホッチは昨日の出発前に、リードが泣くほど怒ったんだぜ?」 「それはこの事件の前に怒る必要があったからじゃない? リードの行動に何か問題があって、ホッチはリードの安全の為に厳しく注意したのかも。 それがショックでリードは泣いてしまった。 でもここに来ても改善が見られないから、昨夜また怒ったか厳しく注意した。 今朝のは今迄の厳しい注意や怒りとは違うんじゃないかな?」 「…そうか! もしかしたら今朝ホッチは念押ししただけかもしれない。 だけど何度も怒られたり厳しく注意されてたリードは、しつこいってキレたのかもな」 「それもしっくり来ないんだよね〜。 だって相手はリードだよ? しつこいって感じたら、リードだったら正当な理屈で言い返す筈。 あの子が正当な理屈をこね出したら、いくらホッチでも『分かっているならいい』ってなるんじゃない?」 「それもそうだな…。 じゃあ一歩ずつ行くしかねぇな。 今朝の件は置いといて、まずはホッチがリードの『何を』そこまで怒ったり厳しく注意しなきゃなんねぇのか知るのが先だな」 エミリーが頷く。 「そう! だって私達はリードの行動が不安だなんて思って無いもの」 「同感! つまりチームリーダーで管理職のホッチだからこそ怒るってのがポイントだな。 ガルシアに伝えとく」 モーガンがそう言った時、車はロサンゼルス市警察に着いた。 ホッチナーが被害者の七人の様々な情報が貼られたボードの前に立つ。 「ガルシアの報告によると、遺体が発見されて次の失踪者が出るまでの期間はまちまちだそうだ。 最短で一ヶ月の時もあれば最長で半年の時もある。 ただ被害者達は皆、大きな仕事を受けて渡欧する直前に拉致されていることから、一ヶ月というのは早すぎる。 被害者にいつ大仕事が入るのか分からないからだ。 つまり犯人は何らかの形で拉致する前から被害者達を知っていて、自分の手元にいる被害者を殺す事になったら身代わりを立てる事を計画していたと言う事だ」 次にロッシが口を開く。 「つまりこの事件で重要なのは一番最初の被害者だ。 彼を殺した後、犯人は半年掛けて次のモデルを拉致している。 きっと殺す事になるとは想像していなかったんだろう。 それで次からは手際が良くなった。 『理想の外見』と『理想の性格や生い立ちや行動』を持っていても、自分の『理想』を逸脱する事を学習したんだ。 それで拉致している間にも次の標的を狙うようになった。 だが最初の被害者は違う。 次の標的を狙うなんて考えもせず拉致している。 何故か? その理由が犯人特定の鍵だ」 「でもガルシアによれば、被害者達の過去にはストーカーの存在や付きまといは有りませんでした。外見のせいで男女問わずモテていたのは確かですけど」とエミリー。 「無害なんじゃないかな」と今度はリードが話し出す。 「被害者達にとって犯人は無害な人物だった。 もしくは有益な人物。 だけど恋愛対象とは思われないくらいの有益さをもたらしてくれる、警戒されない人物。 無害か有益かはまだ分からないけど」 モーガンが「最初の被害者はモンタナ州出身で火葬されちまってる。いくらこの犯人がカリフォルニア州全土に渡って遺体を遺棄する行動力があったとしても、始まりがモンタナ州だったとは思えない。やっぱりハリウッドが原点なんじゃねぇかな」と続ける。 ホッチナーが「リード、地理的プロファイリングはどうだ?」と訊く。 リードが早口で答える。 「今回の犯人に地理的プロファイリングは役立ちません。 遺体を遺棄した場所は、ハリウッドからなるべく遠くへ分散させることに終始しています」 「そうか。 ではモーガンとプレンティスは最初の被害者の所属事務所に聞き込みに行ってくれ。 電話では覚えていないと言っていたが、所属事務所のモデルが自殺じゃなく他殺かもしれない可能性が出てきたんだ。 何か思い出したかもしれない」 「了解」 「分かりました」 そうモーガンとプレンティスが言って本部を出ようとする。 するとモーガンが立ち止まり、「リード、食事会は何時からだ?」と訊いた。 「18時」とリードが答える。 「じゃあ5時には一旦ホテルに戻ろうぜ。 それから送って行く」 「うん! 分かった!」 モーガンがリードに親指を立てると、今度こそ本部を出て行く。 「デイヴ、これからランディ・ミラーの遺族との面談が始まります。 JJに加わってくれませんか?」 ホッチナーの言葉にロッシが頷く。 「そうだな。 JJ主体で俺はサボートに回ろう」 「お願いします」 ロッシも本部を出て行く。 リードは座って最初の被害者のファイルを見ている。 ホッチナーはフッと息を吐くと言った。 「リード、話がある」 「何ですか?」 リードはファイルから目を離さない。 「覚えているか分からないが、昨夜言った送信機だ。 プラスチック製で親指程の大きさのピルケース仕様になってる。 もしボディチェックをされても不審がられず家に入れる。 アルマン家に銃は持ち込められないだろうからな。 危険だと思ったら、迷わず蓋のグリーンの丸い部分を押せ」 リードがすっと立ち上がりスタスタとホッチナーの元にやって来て、ピルケースの入った透明のプラスチックケースを掴む。 「もう持ってていいですか?」 「ああ」 「どうも」 それだけ言うと、リードはまたスタスタとデスクに戻り、ファイルに目を落とす。 ホッチナーが足早にリードの元にやって来て、隣の椅子に座る。 リードはホッチナーを完全に無視してファイルを読んでいる。 「今朝は悪かった」 「何で謝るんですか? 僕、ちゃんと仕事してますよね?」 リードの声は冷たい。 それでもホッチナーは続ける。 「ああ、ちゃんとしてる。 でも話を聞いて欲しい。 今朝は…その、不意打ちに遭ったというか…」 「不意打ち? 僕のせいですか?」 「違う。 いや、厳密に言うと…」 「じゃあ厳密に言って下さい」 「…リード!」 ホッチナーがリードの膝に手を置く。 「悪かった。 慣れていないお前に、仕事の前にあんなことして」 「ホッチ、昨日の朝から謝ってばかりだね」 「…そうだな。 でも昨日の夜は違った。 そうだろう?」 「……」 「リード、俺はお前を前にすると馬鹿になる。 馬鹿なことをしてしまう。 お前が好きだから」 「……」 「もう仕事前に、あんなことは絶対にしない。 昨夜みたいなことだって、お前が嫌ならしなくていい。 だから無視するのだけは止めてくれ。 頼むから」 リードがぷうっと膨れると、自分の膝を掴むホッチナーの手の上に手を置いた。 「ホッチはずるい…。 僕をまたドキドキさせる…」 「リード…」 「ホッチの気持ちは分かった。 それに僕は無視してないよ」 ホッチナーが自分の手に置かれたリードの手を、くるりと返すとぎゅっと握る。 手と手は恋人繋ぎになる。 「嘘つけ。 朝からずっと無視してただろ?」 「でも仕事はしてたよ」 「仕事は完璧だ。 でも目も合わせてくれない。 不自然な敬語。 これって無視だろう?」 リードがカーッと赤くなる。 「もう、いいよ! ホッチは黙って!」 「黙らない。 リード、今夜部屋に行ってもいいか? それとも俺の部屋に来てくれるか?」 「…まあ、どっちでもいいけど…」 リードが恥しそうにそう答えて、ホッチナーがホッと息を吐くと、フェルトン刑事が本部に飛び込んで来た。 ホッチナーとリードの繋いだ手がパッと離れる。 「ドクター・リード。 お忙しいところ申し訳無いんですが、受付まで来てもらえませんか?」 「何故ですか?」とホッチナーが訊く。 「それが…シャーロット・アルマン家の執事が、ドクター・リードに渡したい物があると言うんです。 今夜のランディ・ミラーの追悼の食事会の為に。 私が渡しますと言ったんですが、ドクター・リードに直接渡すと言って、てこでも動かないんです。 それにうちの署にも大量の差し入れを持って来ていて」 リードがさっと立ち上がる。 「分かりました。 行きます」 ホッチナーも立ち上がる。 「リード、俺は執事の死角で監視している。 何かあったら呼べ」 「うん。 分かった」 リードがホッチナーを真っ直ぐ見て答えると、三人は本部を出て行った。 「それがロサンゼルス市警察への大量のドーナツと高級店のコーヒーとリードへの『贈り物』か…」 モーガンが呆れたようにため息をつきながら言う。 エミリーも苦笑する。 「セミオーダーの礼服一式にブランド物の革靴にシルクのポケットチーフ。 カフスはエメラルドでダイヤモンドで縁取りされてる。 10万ドルはする品よ。 それに礼服一式だってセミオーダーってことは一晩で作らせたんでしょ? いくらリードが気に入ったからってやり過ぎじゃ有りません? それとも金持ちの道楽?」 ホッチナーが苦々しく答える。 「どちらもだろう。 慇懃無礼なほど慇懃な態度の老練な執事で、リードは断り切れなくて、結局俺が出て行って事件関係者から物品は受け取れないと答えたら、ではお貸ししますと言われた。 明日、受け取りに来るそうだ」 モーガンが心配そうに訊く。 「それでリードは? セミオーダーってことは、シャーロットが一目見てリードの身体のサイズが分かったってことだろ? いくらモデル事務所の社長だからってちょっと不気味じゃねぇか?」 「リードは気にしていない。 シャーロットが本気でランディの死を悼みたいと思っていると考えている。 シャーロットがリードの前で本気で泣いたのが効いたらしい。 それで所属事務所の方はどうだった?」 エミリーがホッチナーに向かってお手上げポーズを取る。 「それが仕事の記録が残っているだけで、被害者については特に新情報は有りません。 大きな契約を交わした後のプレッシャーに耐えかねた家出だと思われていたので、当時違約金を支払わされた事務所はそちらの記憶の方が鮮明で。 彼はごく普通のモデルだったと言っています。 そして年の割に大きな仕事をゲットしたラッキーなモデル。 それだけです」 「だがモデルは売れるまで生活苦に陥ることが多いだろう?」 「その辺は家族が支えていたらしい」とモーガン。 「オーディションを優先出来るように、被害者は1日や数時間で終わる短期のアルバイトしかしていなかった。 それに親が生活費だけで無く、安全なアパートを借りてやってた。 恵まれてたよ」 「それはランディ・ミラーと同じだな」と言いながら、ロッシが本部に入ってくる。 JJも一緒だ。 JJがファイルをデスクに置くと話し出す。

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