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第13話
ホッチナーの顔が見えると、JJはホッとした様に笑った。
「まだスペンスに付いていて下さったんですね。
スペンスの具合はどうですか?」
ホッチナーが冷静に答える。
「一度起きてまた寝てる。
だが酔いは覚めている。
これから起してシャワーを浴びさせて食事をするところだ」
「そうですか!
良かった!
スペンスはアルマン家の記憶はあるんでしょうか?」
「酔い潰れるまでの記憶は完璧だと言っていた」
「ですよね!
だってスペンスだもの!」
JJは自分の発言にクスッと笑うと、「ホッチも少しでも休んで食事をして下さいね。じゃあ0時にまた」と言うと廊下を歩いて去ってゆく。
ホッチナーがドアを閉める。
そして走ってベッドに向かう。
ブランケットをそっと捲ると、リードが瞳を伏せたまま、小さく「ホッチ…?」と呟く。
「そうだ。
リード、起きろ。
シャワーを浴びて食事を済まそう」
「…またシャワー…?」
「ざっと身体を洗うだけだ。
起きられるか?」
リードが瞳を開けると上目遣いでホッチナーを見る。
「面倒くさいし…かったるい…」
「そうだな。
悪かった」
ホッチナーがリードのふわふわの髪をやさしく撫でる。
「何か食べたい物はあるか?」
「…食欲無い」
「少しでも食べなきゃ駄目だ。
サンドイッチくらいならどうだ?」
「ん…それくらいなら…」
「ちょっと待ってろ」
ホッチナーがルーサービスでサンドイッチを二つとコーヒーをオーダーする。
そして電話を切ると、リードを抱き上げてバスルームに連れて行く。
リードをバスタブに座らせてシャワーのコックを捻る。
ホッチナーはバスタブの外からリードに「手の平を出せ」と言って、リードが両手を開くと、そこにボディソープで作ったこんもりした泡を乗せてやった。
リードがモソモソと動き、ホッチナーとの行為の後を洗い流す。
ホッチナーはリードの肩にバスタオルを掛けてやると、「先に拭いてろ。髪は乾かしてやるから」と言うと、リードがバスルームから出て行くのを確認してから自分もシャワーを浴びた。
ホッチナーは約束通り、リードの髪を乾かしてやった。
リードは上機嫌で部屋着に着替えると、ルームサービスで来たサンドイッチをペロリと食べた。
ホッチナーも食事を終えると、リードにしては珍しいVネックで淡いピンクと白のボーダーのもこもこしたセーターを着ているリードの細い両肩を掴んで言った。
「俺は一度自分の部屋に戻って着替える。
集合時間に遅れるなよ」
リードが恥しそうに「うん」答える。
ホッチナーはリードの余りの可憐なかわいさに、せめて額にキスをしたかったが、ぐっと堪えた。
そしてリードから両手を離し、背を向けると、「0時だからな」と念押しをして、リードの部屋を出て行った。
最初にホッチナーの部屋に入って来たのはロッシだ。
ロッシはからかう様に「流石はチームリーダー!セミスイートに泊まってるのか」と言った。
ホッチナーが苦笑いする。
「こういう時の為です。
シングルの部屋では打ち合わせは出来ないので」
「まあそうだな」とロッシが言うと、モーガンとエミリーとJJがゾロゾロと部屋に入って来る。
JJが「スペンスがまだだわ。また眠っちゃったのかしら?」と心配そうに言った時、リードがやって来た。
モーガンが笑う。
「おっ!
そのセーター、ガルシアがお揃いで買ってきたやつだろ!
ベイビーは確かパープル!
似合ってるぜ〜プリティボーイ!」
「もう、モーガン止めてよ!」
リードがぷうっと膨れる。
「次の出張で着ないと復讐してやるって言われたんだ。
相手はガルシアなんだよ!?
何されるか分かんない!」
ロッシが笑顔で言う。
「まあまあ似合ってるんだから良いじゃないか。
アーロン、リードのアルマン家の話から聞くか?」
ホッチナーが「そうします」と答える。
リードがソファに座ると、目を瞑り、早口で話し出す。
「まず警察に来た執事が、玄関先で立って待っていてくれた。
屋敷の中は現代のチェーダー調といったスタイルで統一されていて、ルネッサンス当時の影響も見られた。
それでダイニングルームまで執事が案内してくれて、ダイニングルームにはシャーロット・アルマンが黒いドレスを着て一人で立っていた。
僕が「ランディは知らないからあなたに。お気の毒でした」と言ってプーケを渡すと、シャーロットは涙ぐんで「ありがとう」と言った。
そこにトラヴィス・アンマンが来て、長テーブルの主賓席にシャーロットが座り、僕はシャーロットの左側、トラヴィスは右側に座って赤ワインで乾杯した。
料理はフランス料理のフルコース。
でも給仕係は居なくてドアの外に料理が運ばれると執事が給仕した。
部屋の中はアルマン姉弟と僕と執事だけ。
そして乾杯の後はシャーロットはウィスキーをストレートで飲みだした。
ランディの話は前菜の時からのポツリポツリと出ていた。
シャーロットがランディについて最初に言った言葉は、『ランディを一目見て大物になると思ったわ』だった。
それから『ランディは一文無しで夢見てハリウッドにやって来るようなモデルとは全然違う』『知的で教養もあった』『特別な存在』『いつもきちんと容姿を整えていた』と言った後、お酒をボイラーメーカーに変えて僕にも勧めた。
僕もボイラーメーカーを飲むと答えると、シャーロットは『ドクター・リードはやさしいのね』と言って咽び泣いた。
するとトラヴィスが席を立ってシャーロットの肩を抱いた。
そして僕を見て、『姉さん、ドクター・リードを見て。髪も目も栗色だ。ランディと同じだよ。』と言った。
シャーロットは顔を上げて僕を見て、『ええ、本当に』と言ってボイラーメーカーを一気に飲み干した。
それからシャーロットはボイラーメーカーを浴びる様に飲んだ。
僕もシャーロットと同じ。
勧められた分を全て飲んだ。
まだ決定的な話を聞けていない確信があったから、シャーロットを安心させようとしたんだ。
そうして乾杯開始から54分36秒経った時、トラヴィスのスマホが鳴った。
そしてトラヴィスは『病院からだ。失礼。』と言うと、ダイニングルームを出て行った。
シャーロットは飲むペースが早くなっていって、しかも殆ど泣いていて、ランディの話は出なかった。
だけど僕の意識が途切れる寸前『あの子に会いたい』って叫ぶと、テーブルの上の皿を叩き落とした。
何枚も。
そこで僕の記憶は途絶えた。
アルマン家で起きた出来事で僕が記憶している事柄は以上です」
リードがそう言って、ゆっくりと瞳を開ける。
ホッチナーがリードを見ながら、「モーガン、プレンティス。第2の被害者から第4の被害者の報告」と言う。
まずモーガンが口を開く。
「第2,第3、第4の被害者の家族と電話だが連絡が付いた。
俺は第2と第3の被害者の両親と話すことが出来た。
だけど二家族共、ランディの家族の話と同じ。
被害者達はモデルとして成功する事を第一に生活していて、ほぼ家族からの援助で生活していた。
アルバイトも絵のモデルなんかの短時間のものだけで専属は無し。
家族仲も良く、ランディの家族の様にハリウッドに度々被害者に会いに来ていた。
それから薬物は絶対にやっていないと言っていた。
薬物は容姿を衰えさせると分かっていたと。
痛み止めを飲むのも慎重な位だったと二家族共、口を揃えて言っていた。
それから拉致された理由は全く心当たりが無いと断言していた。
犯人の手掛かりは無さそうだったが、プレンティスがちょっとした手掛かりを掴んだ」
「ええ、そうなんです」とエミリー。
「私が電話で聴き取りをした第4の被害者なんですが、状況はほぼランディと同じ。
つまり第2、第3の被害者と同じだったんですが、第4の被害者は母親が美容院を経営していて今も現役の美容師なんです。
それでその母親が被害者について一点だけ不審に思った事があるんです。
それは髪と手です。
被害者はダークブロンドの硬質の直毛で、髪をカールさせる撮影の時にヘアメイク担当が付かないと苦労するって母親に話してたんです。
まあそこまで深刻じゃ無くて単なる愚痴、笑い話ですね。
でも拉致される一ヶ月前に母親が被害者に会った時、明らかに髪が柔らかい感じになっていたんです。
母親は手入れを変えたんだなとピンときたそうです。
だけど美容師の母親には、その『手入れ』がかなり高額だと分かった。
自分と父親の仕送りと些細なアルバイトでは出せない金額だと。
それと手も綺麗になっていた。
元々手も綺麗な子だったけど、ネイルサロンで手のトリートメントや爪の手入れまで絶対していたと気付いたって言うんです。
いくらモデルで成功したいからって、ほぼ親の援助だけ暮らしいている人間が出来る手入れの範囲を越えていると。
それで母親は心配になって被害者を問い詰めたら、被害者は笑って『ハリウッドには素材が良ければ出資してくれるボランティア団体があるんだ』と答えたそうです。
それで母親はそういうものなのかと逆に感心してそれ以上追求しなかった。
そこで私はモーガンにこの内容を伝えて、第2と第3の被害者家族にもう一度質問してもらいました。
失踪直前の被害者の髪や手が綺麗に整えられていなかったかと。
答えはYESでした。
ただ第2第3の家族に美容関係者が居なかったので、ハリウッドに来て磨かれたんだろうくらいにしか感じていなかった、という答えでしたけど」
「それは第5、第6の被害者も同じなんだ」とロッシ。
「俺は第5、JJは第6の被害者家族に話を聞いたが、被害者のハリウッドでの暮らしぶりはモーガンとエミリーが聴取した第2〜第4の被害者達とほぼ変わらなかった。
だがモーガンから、エミリーが第4の被害者の母親から聞いた情報を報告されて、再度同じ質問をした。
失踪直前に髪や手が綺麗になっていなかったかと。
確かに答えはYESだが、第2と第3の被害者家族と同じ、ハリウッドに来て磨かれたんだろうくらいにしか感じでいなかった、という答えだった」
「そこでランディの家族に同じ質問をしてみたんです」とJJ。
「ランディの家族も同じ。
失踪直前のランディも、より一層垢抜けた感じになっていたそうです。
だけどやはりハリウッドという土地柄のせいだと思っていた。
そうしたらランディの姉が遺体を見せて欲しいと言い出して。
ランディの姉はニューヨークの証券会社のセクションリーダーをしていて、身なりには相当気を使っているんです。
そこで遺体を見てもらいました。
そうしたら、『失踪してからの』髪も手も、『失踪前の』美しさを保っていると言っていました」
ホッチナーが全員を見渡す。
「つまり俺達の最初のプロファイル通り、『一見無害だが有益な人物』が存在していて、自分の手元に拉致している人物を殺す事になった時に備えて、次のターゲットをより『理想の外見』に近付ける為に、髪や手の手入れの金を支払っていたということになる。
つまり犯人にとって髪や手は大切な要素なんだ。
そこでガルシア」
「はい!」とガルシアがパソコンの画面に現れる。
「第3の被害者が母親に言っていた『素材が良ければ出資してくれるボランティア団体』は見付かったか?」
「有りませんね、そんな心が広過ぎる団体は!」
「ねぇのかよ…」とモーガンが呟くと、ガルシアがニヤリと笑った。
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