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第15話

翌日、朝一番でBAUからプロファイルの発表があった。 「この犯人は『理想の外見』と『理想の内面』を持つ20代前半から20代半ばの男性を、拘束する事無く、自分の知性で長期に渡って傍に置くことで性的快感を得ている。 そして被害者も自分の傍に居たいんだという妄想を実現している。 その妄想の為の拉致監禁で、被害者が犯人の『理想の行動』を逸脱した時には容赦無く殺し、予め目を付けていた次の『理想の相手』を拉致監禁する。 初めての拉致監禁では、被害者が自分の理想を逸脱するとは考えておらず、殺した後で次の被害者を見つけ出すのに時間が掛かった事から、二人目の被害者からは拉致監禁が成功している間に、次の被害者を複数を見つけておく事を学習した。 それに『理想の外見』を重視する余り、次の被害者達の外見を磨く為に、次のターゲット達に近づき、ヘアサロンやネイルサロンに通わせて髪や手のケアを無料でさせている。 被害者達にとって犯人は下心が無い無害な上に、有益な人物としか映らない。 被害者達はモデルとして成功すること第一として生活を送っていた者ばかりだ。 だから犯人の行動は、自分がモデルとして成功することを応援してくれる親切心からだと信じて疑わない。 被害者達が大きな仕事の前に拉致されているのは恐らく偶然だ。 次の被害者候補の中で一番魅力的な人間が、大きな仕事を手にしていたという結果に過ぎない。 犯人の被害者を探す忍耐力、拘束をしなくても被害者を監禁出来る知能の高さ、被害者に掛ける金銭面の裕福さ、そして長期間に渡る監禁場所を持っている事、それに10年前から犯行が始まった事から鑑みて、犯人は40代半ばから50代前半の白人男性。 今回は地理的プロファイリングが役立たないが、ハリウッドに関係した生活を送っているのは確かだ。 社会的地位が高く、周囲からの評判はすこぶる良く、尊敬されている。 但し彼は典型的な秩序型のボス猿タイプのナルシストのサディストで、自己愛性パーソナリティ障害を長年患い、自分でそれを自覚していない。 自分は常に正しく、『理想の行動』を逸脱する被害者が悪いと決めつけている。 ただ『理想の外見』に執着する余り、純度93%という入手しづらいヘロインで殺害している。 これなら殺害時に多少の外見の損傷があっても、見苦しく無い姿に簡単に戻せる。 被害者が直ぐに見付けられる場所に遺棄されるのも、被害者が腐敗して醜くなるのが耐えられないからだ。 被害者の身体に針の痕が無い事から、経口でヘロインを摂取させられたと思われる。 最後の被害者、ランディ・ミラーだけがレイプされているのは、ランディが自分を裏切るとは思ってもいなかったが故の怒りの行動だ。 2年も監禁に成功してランディこそ自分が追い求めている理想の相手だと信じ切っていたところに、ランディが犯人にとって裏切りと思える行動に出た。 足の裏の傷もその時負傷したんだろう。 うちのテクニカルアナリストが犯人が利用しそうな美容サロンを見つけ出した。 犯人の捜査と並行して、そのサロン、もしくはそのサロンに似たシステムを導入している所から次の被害者を探し出して欲しい。 犯人は常に次の身代わりを用意している。 今迄の傾向からして1週間から十日以内に次の被害者を拉致するだろう。 以上」 「デイヴ、プレンティスと一緒に昨夜ガルシアが見つけ出したアルマン家の遠縁のサロン経営者、レナード・ダインに会って仕事の内容、特にキャッシュをチャージ出来るサロン専用のカードを発行するシステムと、ランディ達被害者について聴取して来て下さい。 出来ればオフィスだけでは無く、自宅の書斎も見れると良いんですが」 ホッチナーがそう言うとロッシが頷いた。 「ああ、分かった。 じゃあ自宅から行ってみよう。 多分不在だ。 その隙きに書斎を覗いてみる。 まあ書斎は無理でも、家の中に入れば何かしら情報は得られるだろうし」 「お願いします。 俺はここで犯人捜査と次の被害者の割り出しを警察と連携して情報整理と分析を行っています。 モーガンは既に警察の犯人捜査に加わっています。 何か掴めたら連絡を」 「了解! エミリー、行こう」 「はい」とエミリーが答えて立ち上がり、ロッシとエミリーが警察署のBAU本部から出て行く。 ホッチナーがふうっと息を吐くとパソコンに向かう。 するとデスクにそっとコーヒーのボトルが置かれた。 ホッチナーが顔を上げるとJJが微笑んでいた。 「疲れてるみたい。 大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫だ。 ありがとう」 そう答えるホッチナーは昨夜の悪夢のような一夜を思い出していた。 結局、ホッチナーはリードの『裸で腕枕して攻撃』にも負けたのだ。 リードがもこもこのセーター姿で、膨れたり拗ねたり果ては涙を瞳に浮かべて「ほっちぃ…」と甘ったるく強請って来て、ホッチナーが断れるだろうか。 リードから漂う甘い香りに甘い寝息。 それでも下着一枚の姿で、ホッチナーの逞しい腕の中ですやすやと眠るリードはあどけなく、無垢だ。 だからこそホッチナーは自分の欲情を抑え込められた。 安らかな睡眠と引き換えに。 そしてホッチナーがうとうとした頃、リードに起こされて、リードは無邪気に「シャワー浴びたらルームサービスで朝ごはんも一緒に食べようよ!」と言ってさっさとバスルームに行ってしまった…。 あの脱力感… 「あの…ホッチ、本当に大丈夫ですか?」 ホッチナーがハッと現実に戻る。 「ああ、勿論」 ホッチナーが素早くコーヒーを一口飲む。 JJがガラス扉の向こうの個室を見ると言った。 「スペンスは保護ですか?」 「仕方無い。 あれだけ被害者に似ていれば、人目に晒して犯人に見られたら絶対に犯人の気を引くだろう。 今はレナード・ダイン経営の美容サロンの全ての契約に目を通している。 不審な点や抜け道やサロン側にだけ有利な契約が無いか」 JJがふふっと笑う。 「その後は過去10年間の納税記録と雇用記録ですか?」 「そうだ」とホッチナーが答える。 その時、本部のドアが遠慮がちにノックされた。 ドアの向こうには若い女性の制服警官が立っている。 「私が聞いてきます」 JJがそう言ってドアに向かう。 そして二言三言、制服警官と話すとホッチナーの元に戻って来た。 「ホッチ、シャーロット・アンマンの執事が受付に来ています。 礼服は兎も角、先にエメラルドのカフスを返却して欲しいと言って」 ホッチナーが立ち上がる。 「分かった。 俺から返す」 ホッチナーはスーツの上着の内ポケットから、カフスボタンの入った小さなジュエリーボックスを取り出した。 執事が拡大鏡でカフスボタンを隅々まで見ている。 そろそろホッチナーがカフスボタンを渡して10分を過ぎようとしている。 すると執事がジロリとホッチナーを見ると、恭しく言った。 「傷が付いております」 「傷?」 「このカフスボタンは銀行の貸し金庫から出して、その足でこちらの警察署にお届けしました。 銀行で確認した時は傷は有りませんでした」 ホッチナーが冷静に訊く。 「それが何ですか?」 「リードさまに会わせて下さいませ。 お話を御本人さまから直接お聞きしたい」 「リード特別捜査官が傷を付けたと思っているんですか?」 「いえいえ、滅相もございません。 ただこのカフスボタンは銀行の貸し金庫からリードさまが身に着けるまで、誰も触っていない筈でございます。 ですからお話をお聞きしたいのです」 「リード特別捜査官は仕事中で面会出来ません」 執事がニンマリと笑う。 「あなたさまはリードさまの上司でいらっしゃいますよねぇ? 上司のあなたさまが私に会えて、部下のリードさまは会えないとは…! いやはやFBIでパワーハラスメントが横行しているとは…世も末ですな」 「リード特別捜査官は仕事中で、私も仕事中です」 「でしたらリードさまに会わせて下さいませ」 「私がリード特別捜査官の代理人です。 弁護士資格も持っています」 「おやおや代理人を立てるとは! リードさまは傷が付いていたことを知っていらしたのですね! 増々お話を直接お聞きしなくては!」 「リード特別捜査官は傷なんて知りません」 「ではなぜ代理人をお立てになるのです?」 ホッチナーがため息を堪えた時だった。 「ホッチ、僕が話すから!」とリードの声がした。 ホッチナーが振り返る。 そしてリードの声に被さる様に、「ドクター・リード!」とトラヴィス・アルマンの声がした。

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