18 / 31
第17話
ロッシがホッチナーを人気の無い廊下に連れて行く。
そして立ち止まると言った。
「今朝、シャーロット・アルマンの執事が来て一悶着あったんだって?」
ホッチナーが「JJですか?」と訊く。
ロッシが即答する。
「ああ、そうだよ。
お前が説明する手間を省いてくれたんだ。
お前が珍しく感情的になってたって心配してた。
執事じゃ無く、わざわざ執事を止めに来たトラヴィス・アルマンの方にな。
あいつに何かを感じたのか?」
「ええ。
まず執事を止めるより先にリードに呼び掛けたこと。
あれは咄嗟の行動です。
思わず本音が出た。
それに執事を止めに来た理由と、俺との受け答えが完璧過ぎる。
まるで良く練られた脚本の様でした。
それにシャーロットが執事を寄越す程、リードの怪我やエメラルドのカフスボタンの傷をを心配しているのなら、シャーロット本人か、執事から、何かしら連絡が有っても良い筈なのに、何も無く突然執事を寄越したのはどう考えても不自然です。
シャーロットは馬鹿じゃない。
我々が警戒することは分かり切っている。
だったら執事かトラヴィスに電話一本頼めば良い。
これから執事が行くからと。
それなのに執事と同じくトラヴィスが『突然』現れた。
トラヴィスの目的は、シャーロットからの伝言を執事がリードにきちんと伝えられたか確認することか、執事に困らされているリードを救い印象を良くすること。
この二点が考えられます。
どちらにしてもリードに接触するのが狙いです。
ランディに良く似たリードに」
「そうだな。
だがちょっと面白い情報がある」
「何でしょう?」
「レナード・ダインだよ。
ダインにシャーロットとトラヴィスについて聞いてみたんだ。
そしたらダインによれば二人はアルマン一族のエリートだってことは間違い無いし、シャーロットは努力家だしトラヴィスは世間の評判通りだと言っていた。
ただオフレコで本音を言えば、シャーロットは女王様気質で好きになれないし、トラヴィスは完璧過ぎて不気味だってさ。
ダイン曰く、ハリウッドの美容業界の裏事情に精通してる自分にしてみれば、シャーロットやトラヴィスの親や兄弟も知らない本当の顔が分かるんだと豪語していた。
シャーロットは女王様でも必要とあらば嘘泣きもするし、トラヴィスの笑顔は嘘くさいんだと。
だがシャーロットはダインの美容サロンがお気に入りで、シャーロット本人もだが、社員やモデルをサロンに寄越してくれるし、遠縁と言えどもダインを大口の客に紹介する時はアルマン一族だと口添えまでするらしい。
それでダインもシャーロットを無下には出来ず、シャーロットがモデル事務所を開業して以来付き合いが続いている。
そのダインが言うんだ。
ランディなんてシャーロットは気にも掛けて居なかったと。
大勢いる年のいった夢見る売れないモデルの一人に過ぎないってな。
ただランディにはパトロンがいたらしく、ダインのサロンにはキャッシュがたんまりチャージされたカードで足繁く通っていたそうだ。
だから昨夜シャーロットがランディの為の追悼の食事会を開いたと教えてやったら、仰天して爆笑していた。
何の冗談かって。
あの女王様が所属モデルの一人が死んだからって、追悼の食事会を開くなんて有り得ないってさ」
「ダインの話は信用出来ますか?」
「俺は信用したよ。
ダインはオフレコで、シャーロットとトラヴィスは勿論、警察にも絶対に話さない約束で話してくれた。
ダインにとっては、ランディの死とシャーロットが余りにも結び付かなかったからか、結び付けたくなかったからなのかは分からんが。
それとシャーロットが弁護士からモデル事務所の社長に転身した理由を聞いたら、途端に黙っちまった」
「ガルシアによれば…」とホッチナーがガルシアが調べたシャーロットのスイス行きの話をする。
ロッシが「なるほどな」と頷く。
ホッチナーが「トラヴィスについてダインは何か言っていましたか?」と訊く。
「トラヴィスについては良く知らんそうだ。
ただ四兄弟の中どころかアルマン一族の中でも一番の出世頭で、父親も他の兄二人もトラヴィスを誇りに思っているらしい。
兄二人も医者は医者だがトラヴィスとは比較にならない。
嫉妬なんか通り越して尊敬されている存在だ」
「シャーロットとトラヴィスの仲は?」
「それも良く知らんそうだ。
昨日の追悼の食事会にトラヴィスも参加したと話したら、他の兄二人はハリウッドからは遠いからトラヴィスを誘ったんじゃないかと言っていた」
「そうですか。
この件についてモーガンとリードとJJには俺から話しておきます」
「ああ、よろしく」
足早に去って行くホッチナーの背中をロッシが意味有りげに見送っていた。
エミリーが個室に籠もっているリードを、ガラス張りの扉越しチラチラ見ながらJJに囁く。
「ねえリードはお昼ごはん食べないの?」
JJがふうっと息を吐く。
「食べたくないの一点張りなの。
インド料理でもチョコスプリンクルドーナツでも何でも好きな物を用意してあげるって言っても反応無し」
「そっか…。
きっと執事とトラヴィス・アルマンの件でホッチに怒られたのを引きずってるんだね」
「そういうこと!
ホッチが怒りの形相でリードの居る個室に入って行ったの見たし。
でもホッチの言うことは正しい。
スペンスはアルマン姉弟は勿論、アルマン姉弟の関係者には会わない方が良いよ。
さっきのホッチの話によれば、シャーロットはランディを特別可愛がっていた訳じゃない。
それなのに追悼の食事会を開くなんて、スペンスに近付く為としか思えないもの」
「でもリードに出会った瞬間からシャーロットは態度がおかしいんでしょ?
何か引っ掛かるんだよね」
「それはホッチもロッシも私もそう思ってる。
ホッチが現場に出てるモーガンにも連絡しておくって言ってたから、話を聞いたモーガンもきっと同感なんじゃないかな」
その時二人の頭上から、「流石JJ。隠し事は出来ねぇな」とモーガンの声がした。
「モーガン!お帰り!」
JJがそう言ってパッと上を向く。
エミリーも笑顔で「どう?収穫あった?」と訊く。
モーガンは椅子にドカッと座ると、手にしていたボトルのコーヒーをグビッと一口飲むと言った。
「なーんにも無し!
犯人に繋がる線は全くって言っていい程ねぇよ。
この犯人は相当頭が良い。
最初から自分の痕跡が残らない様に動いてる。
ランディの遺体を遺棄した場所も周囲に防犯カメラが無い場所だし、そこまでどうやって遺体を運んだのかも分かんねぇ。
ランディが運ばれたベンチはランニングコースとして有名で、しかも駐車場から遺棄されたベンチまで1キロちょいある。
細いと言っても65キロはある被害者を1キロもどうやって運ぶ?
しかもランニングコースは午前5時に整備されるんだ。
駐車場からローラー車を使ってな。
例えば頭を打ったリードを運んだ時みたいに車椅子を使ったとしても、痕跡は消えちまう」
「遺体が発見されたのも午前5時頃だったよね?」とJJ。
モーガンが即答する。
「そうだよ。
つまりローラー車に発見されるか、朝一にランニングに来た人間に遺体が発見される様に計算してたんだ。
しかも自分の痕跡も消してくれる時間の直ぐ前に」
エミリーが「そう言えば駐車場の防犯カメラは壊れてたよね?つまりあれも知っててあの場所を選んだってこと?」と言うと、モーガンが頷く。
「知ってたと思う。
この犯人はハリウッドにかなりの土地勘がある。
多分ここに住んでいるか仕事でしょっちゅう来てるんだ。
ランディ以外の死体遺棄がカリフォルニア州全体に散らばっていたのは、犯人が警察をかわす為だったんだろう。
だがランディは他の六人の被害者とは決定的に違う点がある。
レイプされ傷を負っていた。
だから何らかの理由で、自分のホームグラウンドに遺棄するしか無かったんだ。
それにモデル事務所やエージェントに当たって、ランディに似ていてダインのサロンみたいなキャッシュをチャージ出来るカードを使用しているモデルがいないか探したら、すげぇ人数が居た。
今日は生活環境までは聞き込みする時間が無かったが、これからリストにしてガルシアに送って調べて貰う。
だけど70人以上いるからな…」
エミリーが立ち上がる。
「私も手伝う。
だからその前にちょっとリードに声掛けてやってくれないかな?
もう夕方になるっていうのに何も食べて無いの。
夕食は抜かないように、あんたから言ってくれない?」
「良いぜ。
だけどJJが言っても利かないんだろ?」
苦笑いするモーガンにJJも苦笑いする。
「私はほら、両方の現場を見ちゃってるから…。
受付のやり取りとリードの居る個室に入った怒ったホッチを」
「そういやホッチとロッシは?」
エミリーが声を落として言う。
「ホッチはストラウスとテレビ会議中」
「マジか…。
今度は何だよ…。
チームリーダーの宿命だな。
だが今迄の捜査で落ち度は無かった。
別件かもな。
で、ロッシは?」
「シャーロットのスイス行きの件を調べてる。
もしかしたら知り合いが、セレブ御用達の病院を知っているかも知れないからって。
ガルシアが調べたけど今は手が出せなくて。
スイスのセレブ相手の病院ともなるとペンタゴン並の厳重さみたい。
ガルシア凄く悔しがってた。
でも絶対突破してみせるって意気込んでたけど。
まあモーガンは八つ当たりはされるね、きっと」
モーガンがハハッと笑う。
「ガルシアの八つ当たりなんてかわいいモンさ。
じゃあリードに会ってくるか!」
ともだちにシェアしよう!