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第20話
『犯人は20代半ばから30代半ばの白人男性。
10代前半から精神疾患を患っており、何らかのストレス要因が起こり今回の犯行に及んだ。
この犯人は無秩序型に分類される。
犯人は犯行を隠しておらず、計画性は無く突発的だ。
その証拠の一つに、犯行現場に同じ車で人目の付く場所に停車させている。
そして血の付いた靴で乗って来た車に戻っている。
それと犯人は自分自身の妄想に当てはまる子供が居れば、直ぐに犯行を行うことから突発的と言える。
犯人の妄想を満たす相手は『玄関の鍵を一人で開けて家に入る子供』だ。
そして子供が家の玄関を開いた時、子供と共に家に侵入し、犯行を行う。
4件目の母親が殺害された件は、犯人にとっても予想外だっただろう。
だが犯人の妄想に母親は含まれていないので、一発で仕留めた。
指紋やDNAが発見されなかったのは、犯人の妄想に手袋や帽子、パーカーを被ること等が含まれていたからだ。
スキンヘッドの可能性もある。
長年抱いていた妄想を短時間で実行に移していることから、強迫性障害も考えられる。
そしてこれ程深刻な精神障害を患った人間が仕事に就く事は不可能だ。
よって犯人は無職。
だがこのような人間と一緒に暮らせる人間はいないに等しい。
つまり近しい血縁者と暮らしているか一人暮らしだ。
住居は犯行現場から30キロ以内と推定される。
この犯人は逮捕されるまで殺し続ける。
以上を踏まえて犯人確保に当たってくれ。
それからこの犯人は血で汚れる事を気にしない。
ただ30ヶ所以上刺せば血塗れになる。
だから着替えはしただろうが、完全に血痕を消すことには無関心だ。
犯人の車の中もゴミだらけだろう。
ホットラインを設置して、20代半ばから30代半ばの白人男性で血の付着した状態の人物を目撃した場合、直ぐに連絡をしてもらうようにマスコミを使って住民に呼びかける。
マスコミ対応はFBIのジャロウが全てを仕切る。
以上だ』
ホットラインの電話が途切れる事無く鳴り響く。
だが殆どは恐怖に駆られた地元住人からの問い合わせだ。
リッチモンド警察署は24時間体制でパトロールを強化しているが、怪しい人物が居ないどころか、人通りも殆ど無い状態だ。
それにプロファイルに合う人物も見付からない。
次の子供の死を告げる電話が鳴るのを待つしか無いかとリッチモンド警察とBAUのメンバーが絶望しかけた時、ガルシアの『セクシーダイナマイトな魔法』が実現したのだ。
BAUのメンバーだけしかいない会議室にガルシアの声が響く
「皆、よーく聞いて!
リッチモンドにプロファイルに当てはまる人物がいるの!
『前歴の無い20代半ばから30代半ばの無職の白人男性』の中に一人怪しい人物がいたの。
名前はテリー・パーカー。
年齢は28才。
彼の母親は弁護士。
彼は一人息子よ。
父親は彼が生まれて直ぐに交通事故で亡くなった。
そこからがこの私の魔法の見せ所なんだけど、テリーはなんと少年院に入ってたの!」
「まさか!
そんな記録はどこにもねぇぞ!」
モーガンが声を上げるとガルシアが余裕たっぷりに答える。
「ダーリン、魔法を見せてくれって言ったのはそっちでしょ?
黙って聞いて。
それでね、その理由が12才の時、同級生をナイフで刺したからなの。
しかも二人!
一人目は工作の授業中で、被害者は肩を浅く刺されただけでかすり傷みたいなものだったから示談で済んだ。
でも二人目は傷こそ浅かったけど被害者を三ヶ所も刺してる。
しかも放課後、被害者の家の敷地で待ち伏せして。
それで前歴もあるって事で少年院送りになったんだけど、たった一ヶ月で出所してるの!
理由は精神疾患の治療の為。
一件目の事件の示談や少年院からたった一ヶ月で出られたのは、母親が弁護士としてフルに立ち回ったから!
そしてテリーが18才になった時、母親は全ての記録を抹消させるべく上院議員に働き掛けて、それが大成功!
裁判所の記録は抹消された。
でもここからよ。
少年院に入っていた時も、テリーは精神的に危険人物と言うことで、精神科病棟に移されていた期間があるの。
その記録は抹消されずに『封印』されていた。
そしてあたしのセクシーダイナマイトな魔法で封印を解いて情報を得たってワケ!」
「その中身が今回の事件に結び付くんだな?」とホッチナー。
「そうです!
まずテリーは極度の潔癖症。
少年院に入るまでは母親の言いなりのいわゆるアメリカンな少年だったけど、少年院に入ると頭を不潔だからと丸刈りにした。
それから精神科病棟に移されると頭と全身の体毛を剃りたいと言い出し、その上手袋を嵌めたいと何度も医師に訴えてる。
まあどれも認められませんでしたけど、1日に平均13回も訴えていたと記録に有ります。
それで医師が少年院に来るまではどうやって生活していたのか訊いたところ、テリーはアルコール消毒薬を手放さなかったと答えています。
そしてなぜ同級生を刺したのかという問いには、同級生が宇宙人と入れ替わっているから、排除しなくてはならないと父親が天国から命令しているという独特過ぎる持論を展開しています。
ナイフを使うのも赤い血が流れるか確認する為だと。
では宇宙人をどうやって見分けるかという問いには、子供なのに一人で家に帰る人間だと答えています。
正確には『ママが教えてくれたんだ。子供を一人で家に帰すなんて宇宙人でもしないわって。つまりその子が宇宙人だから一人で家に帰るんだ。』です。
それを受けて医師が母親にその件を訊いたところ、テリーには仲良しの幼馴染が近所にいて、その二人はスクールバスを利用していたんですが、テリーもスクールバスを利用したいとしつこく訴えたけど母親は危険だからと拒否したくて、学校からの帰り道で一人で鍵を開けている子供を車の中から見た時に言ったそうです。
まさか真に受けるとは思わなかったとも。
テリーは最後まで認めませんでしたが、医師によるとテリーは幼少期に小動物を虐待していたと推測しています。
但し幼すぎて何故自分がそのような行動を取るかは理解していなかった。
しかし成長し思春期に差し掛かり、そんな自分が汚らわしいと自覚すると同時に、小動物を虐待していた時の快感を自覚した時から潔癖症が始まった。
そうして精神疾患が進行して行く途中で、母親という絶対的な存在から、『人を傷つける為の絶好の理由』を貰ったと診断されています。
ですがこの医師のお陰でテリーは薬を服用し、カウンセリングを受けながら大学も順調に卒業して、電気科学の分野の研究員として大手家電メーカーに就職もしています。
ですが三ヶ月前に母親が事故死し、それ以来休職しています」
「父親と同じ交通事故か…。それがストレス要因だな」とロッシが言うと、モーガンが「テリーは実家を出たことは有るのか?」とガルシアに訊く。
ガルシアが即答する。
「無い!
学生寮にすら入ってない!」
ホッチナーが厳しい声を出す。
「ストレス要因だけじゃ無い。
それまで薬の管理やカウンセリングに送り出していた母親も居なくなった。
テリー程の妄想を抑えて普通の社会生活を送らせる為に、母親は何でもしていた筈だ。
裁判所の記録を揉み消したくらいだからな。
母親の事故死のストレス要因と、治療を止めた事でテリーは一気に妄想の世界に戻ったんだ。
テリーの家は何処だ?」
「今、送りました!」
「良し。
俺とロッシとモーガンとプレンティスは警察と共にテリーの家へ。
リードは此処でガルシアの報告を纏めろ」
そして犯人のテリー・パーカーは呆気無く逮捕された。
自宅のガレージに停めてあった黒いピックアップトラックの運転席で眠っていたのだ。
それに凶器に使われたナイフや証拠品も全て荒れ放題のピックアップトラックから発見された。
BAUはその日の内にFBIに戻った。
FBIのBAU本部に戻るとモーガンが笑顔で言う。
「やったな!
スピード解決だ!
これもガルシアの魔法のお陰だな!」
モーガンに向かってエミリーが感嘆の表情を浮かべて答える。
「それはそうだけど、やっぱりリードは凄いよ。
行きの飛行機の中でのプロファイリング覚えてる?
JJが『住民の殆どが定職に就いている』って言ったけど、それなら定職に就いていない人間を探せば良いってやつ!
そのプロファイリングが無かったら、ガルシアのレーダーのヒントにはならなかったもの」
「そうだな。
でもそれならロッシも褒めてやれよ?
ロッシのプロファイリング通り、テリーは手袋をして犯行を行っていたし、帽子こそ被っていなかったがスキンヘッドで逮捕された!」
「でもリードは『玄関の鍵を一人で開けて家に入る子供』がターゲットだって事も見抜いてたんだよ!?
リードの勝ち!」
その時、ハハッと笑い声がした。
ロッシだ。
「おいおいプロファイルは勝ち負けじゃ無いぞ。
それとも賭けでもしてるのか?
リードは優秀どころか天才だ。
ところでモーガンは俺で幾ら儲けた?」
モーガンがプッと吹き出す。
「賭けてませんよ。
それよりリードは何処ですか?
そう言えばJJは?」
「JJはガルシアに呼ばれてる。リードはほら」と言ってロッシが中二階をチラッと見る。
ホッチナーのオフィスのブラインドの隙間から、リードとホッチナーが見える。
「何だろ?」とエミリーが言うとロッシがニヤッと笑った。
「エミリーの如く、ホッチに褒め称えられてるんじゃないか?」
ホッチナーのデスクの前にリードが座っている。
ホッチナーは不思議そうにリードを見ている。
「どうした?
そんなに緊張して」
リードが早口で捲し立てる。
「緊張!?
してない!
してません!」
「そうか?
まあ良い。
それより今回は良くやってくれた」
「…どうも」
ホッチナーの表情が和らぐ。
リードの胸がドキッと高鳴る。
ホッチナーが照れ臭そうに切り出す。
「リード、週末空いてたら二人で山に行かないか?
友達の別荘を借りられたんだ。
星空が綺麗な所で近くには小さな湖もある」
リードが膝の上で手をぎゅっと握る。
「それは…今回の事件解決のお祝い?」
「違う」
「じゃあ…」
ロサンゼルス市警察の件ですか?と言ってしまいそうになって、リードがぎゅっと口を噤む。
「じゃあ、何だ?」
ホッチナーに見つめられ、リードが早口で「じゃあ何かなって!?」と答える。
ホッチナーが立ち上がり、リードの後ろに回ると、リードの肩にそっと手を置いて囁く。
「俺は急ぎ過ぎた。
反省してる。
お前が受け入れてくれるからって良い気になって。
だからこれからはゆっくり進めたい。
二人でのんびり週末を過ごして、気持ちを確かめ合いたい。
嫌なら断わってくれて構わないから」
リードの頬がポッと赤くなるのが、ホッチナーから見える。
リードが小声で言う。
「嫌じゃない…行きたい…ホッチと」
ホッチナーのリードの肩に乗せた手に力が込もる。
「そうか。
ありがとう。
嬉しいよ。
楽しみだな、週末」
「…うん」
肩に置かれたホッチナーの大きな手に、リードが細い指先でちょこんと触れた。
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