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第21話
ホッチナーは書類仕事があるとそのまま残業になり、リードは地下鉄の終電が終わっていたのでモーガンがアパートまで送ってくれた。
しかしモーガンの様子は明らかにおかしかった。
何か言いかけては止めるの繰り返し。
リードは少し気になったが、それどころでは無かった。
ホッチナーとの週末旅行で頭が一杯だったのだ。
本は何冊持って行こう…
星空が見えるなら星座の解説も必要かな?
あ!星座と言えばギリシャ神話だよね…!
何処の湖かホッチに教えて貰って、湖のデータも確認して…
「リード、着いたぞ」
モーガンの言葉にハッと我に帰るリード。
リードはニコニコと笑って「モーガン、ありがと!」と言って車を降りた。
リードが自宅に戻り、部屋の照明を点けた途端スマホが鳴った。
画面を見るとトラヴィス・アルマンからだ。
リードが慌てて電話に出る。
「はい!リードです」
『ドクター・リード!
良かった!
テレビで観ましたよ。
リッチモンドの事件お疲れ様でした。
それに今夜中にDCに戻られて本当に助かりました』
「ハリウッドの件ですか?」
『ええ、ロス市警察から書類を届けて欲しいと頼まれまして。
郵送するには目立ち過ぎるからと。
私も前々からDCの友人の学術出版について助言を頼まれていたので、引き受けたんです。
ロス市警察は一刻も早くドクター・リードに見て欲しいと言っていたので今朝ハリウッドを発ちました』
「どういった書類ですか?」
トラヴィスがクスッと笑う。
『私は見ていません。
立場上見られませんし』
「そ、そうですよね!
失礼しました。
目立つというのはどういう点で?」
『頼まれた資料は二つ。
一つはかなり分厚い封筒ですね。
もう一つは円筒に入っています』
「円筒か…地図かもしれませんね。
緊急なんですよね?」
『ええ、勿論。
でなければ私をDCまで向かわせないでしょう』
「そ、そうでした!
ホテルはどちらですか?
受け取りに伺います」
トラヴィスが遠慮がちに言う。
『ホテルは人目が多い。
私達が会うことは内密にしないと。
FBIの行動分析課のドクター・リードにこんなことを言うなんて、おこがましいかもしれませんが』
リードが慌てて答える。
「いいえ!
その通りです!
僕が浅はかでした。
でしたら僕のアパートに来て頂けますか?
交通費は精算しますので」
『交通費なんて!』
トラヴィスが鷹揚に語り出す。
『こちらでレンタカーを借りてあります。
私用にです。
ですから何の問題もありません。
ただロス市警察から重要な指示がありまして』
「何でしょう?」
『ドクター・リードは一度見たものは記憶出来るので、あなたが資料を見たら持って帰るように言われているんです。
あちらでも大切な証拠品だからだと。
大丈夫でしょうか?』
「はい!
大丈夫です!
それに僕、1分間に2万語読めるのでそんなにお待たせしません」
『それは素晴らしい才能ですね!
ではご住所を教えて下さい』
翌朝、リードが目覚めるとベッドの上だった。
昨夜の事を思い出す。
トラヴィス・アルマンは電話の後に直ぐにやって来て、0と1が並ぶ書類の束…あれは暗号だ…とカリフォルニア州の地図を見せたっけ…
それから?
そうだ…僕は全部に目を通したら眠くなってしまって、それをトラヴィスに察しられて、トラヴィスは帰って行った…
書類と地図を持って…
それから?
何とかシャワーを浴びて寝たんだ…
書類と地図は…ちゃんと頭に入ってる!
リードはそこ迄思い出すと、気分良くベッドから出て出勤の支度を始めた。
FBIの地下駐車場の一角にモーガンとエミリーとJJが集まっている。
エミリーが「私はやっぱりハーバード大の方を優先すべきだと思うな」と言うと、JJが「でもガルシアによるとスペンスは告白されてるんだよ?それで迷ってる。そりゃあ迷うよ、初恋だもん!私生活がゴタゴタしてたら、それこそ仕事に支障をきたすんじゃないかな?」と言い返す。
モーガンが「待て待て」と間に割って入る。
「どっちも大事だ。
でもホッチのハーバード大の誤解の方は後回しにしても良いんじゃねぇか?」
「何で!?」とエミリーとJJの声が重なる。
モーガンが懇懇と話し出す。
「ホッチの態度だよ。
仕事に厳しいのはホッチなんだから当たり前!
だけどそれ以外は普通に戻ってないか?」
顔を見合わせて頷き合うエミリーとJJ。
「そう言えば…そうだね!」とエミリーが言えばJJも「そうよ!」と笑顔になる。
「昨夜BAUに戻って来た時も、ホッチはリードを自分のオフィスに呼んでたけど、険悪には見えなかった。
あのホッチが微笑んでたんだぜ!
リードの仕事ぶりをきちんと評価してくれてたんだと思う。
だからさ、ハーバード大の件はロッシに根回ししとくだけにして、リードから恋愛相談されたら俺達の出番ってことで良いんじゃねぇかな?
但し、リードから、だからな。
俺達からのお節介はナシだ。
野暮な真似はしたくねぇ」
モーガンがそう言うと、JJが笑顔のまま口を開く。
「まあ私達はそうするけど、ガルシアは黙っていられるかな?」
エミリーも笑い出す。
「そうね〜ガルシアは止めらんない!
せいぜいベイビーを説得してよ、愛しのモーガン!
って…あれ?
ガルシアはどうしたの?」
モーガンがお手上げと言う様子で言った。
「ホッチに急ぎの報告があるんだと!」
ホッチナーのオフィスのブラインドは全て下げられ、ドアも閉められている。
ホッチナーがガルシアのスマホを見ながら、「これで全部だな?一枚も削除していないな?」と低く鋭い声で訊く。
ガルシアは涙をポロポロを零しながら、「していません」と震える声で答える。
そして「リードは何をされたの…?」と呟く。
ホッチナーがガルシアに目をやると、静かにに話し出す。
「ガルシア、この画像を良く見ろ」
「見れない!
そんな…そんな…」
「分かった。
だがこの12枚の画像を撮った人物は相当頭が切れる。
リードの裸を撮ってはいるが、性器を上手く避けて撮っている。
そして発信元はリードのスマホだ。
リードが君にセクハラで訴えられた時の事まで計算しているんだ。
確かに際どい画像だ。
ベッドの上で足を立てて開いていたり、尻を突き出しているようなアングルだったり、シャワーを浴びながら誘うように片足を上げたり…」
「もう止めて!」
ガルシアの悲痛な叫びにもホッチナーは譲らない。
「ガルシア、リードをこんな目に遭わせた犯人を逮捕する為には、君にこの画像が送られて着た意味を理解しなくてはならない。
良く見れば分かる。
これはヤラセだ」
「ヤ、ヤラセ…?」
「そうだ。
全ての画像でリードは目を閉じている。
身体に力が全く入っていないし、必ず何かに寄り掛かっている。
尻を突き出している画像もクッションを使用している。
シャワールームでは床に寝ている。
つまりリードは意識の無い状態でこの画像を撮られた。
君から報告があって直ぐにリードに連絡を取った。
リードに変わった様子は無い。
つまりリードはこの画像の件を知らない。
きっと犯人はリードのスマホから、画像も君へのメールも削除したんだ。
リードは今、抜き打ちの薬物検査ということにして、医務室で血液検査と尿検査を行っている」
ガルシアがホッとした表情になると、ホッチナーが厳しい声で言った。
「問題はこの画像が撮られたのがリードの自宅だという事だ。
そしてリードは犯人を自ら家に入れている。
リードが出勤した後に懇意にしている警察官に頼んで、侵入者がいないか調べて貰ったが、何処にも強引に侵入した形跡は無いそうだ。
客をもてなした形跡も無い。
きっと犯人が証拠を消したんだろう。
つまり犯人はリードの顔見知りで信頼している人物だ。
その犯人が、君にリードの裸の画像を送った。
何故か?
君はうちの天才テクニカルアナリストだ。
だが君でもリードのスマホを調べても何も出ないという自信が有るんだ。
そして君に画像を送れば、まずチームリーダーの俺に報告すると分かっている。
つまりBAUへの挑戦だ。
リードは無能なBAUにいるよりも、有能な自分といる方が正しいというメッセージなんだ。
犯人はリードを手に入れるまで、リードを利用するだろう」
ガルシアが手の甲で涙を拭くと、すっくと立ち上がる。
「リードのスマホを調べる許可を下さい。
絶対に犯人を見つけてみせます」
「分かった。
手配しよう。
だがガルシア、これだけは約束してくれ。
この調査は君と俺の二人で行う。
リードは信頼している人間に裸を撮られた事も画像の存在も知らない。
知れば傷付く。
リード本人は勿論、チームの皆にも他言無用だ。
出来るか?」
「出来ます!
リードをこんな目に遭わせた犯人を絶対に捕まえてやる!」
「良し。
いいか、この手の犯人逮捕の為には、手続きに落ち度は許されない。
君は今ここで、俺のパソコンにその画像を全て転送しろ。
その次に俺のスマホに転送するんだ。
君が理性を持って俺に報告をし、俺が証拠を受け取ったと立証出来る。
そして君は不快だろうがリードの画像を削除するな。
証拠の為だ」
「はい」
「それから週末は俺がリードと一緒に過ごす。
犯人には絶対に見付からない場所だ。
そして今日は金曜日だ。
今夜は君の家でリードを預かって貰いたい。
犯人はリードをストーキングしている筈だ。
君がリードを預かれば、君はリードの画像に屈しておらず、しかもリードの力になっていると犯人にアピール出来る。
そうすれば犯人はまた君に接触してくるかもしれない。
回数を重ねれば、それだけ犯人がミスを犯す可能性が高くなるし、そうなれば犯人逮捕の近道になる。
リードには俺から了承させる。
君の家の前のパトロールも増やす。
危険だと察知したら直ぐに911に通報しろ」
「了解です!
まずリードのスマホを早急に渡して下さい」
「分かっている。
頼んだぞ」
「おまかせ下さい!」
ガルシアがホッチナーのオフィスを足早に出て行く。
扉が閉まると、ホッチナーはデスクを思い切り拳で殴った。
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