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第22話

「おい、ベイビー、どうなってんだよ?」 モーガンがガルシアのオフィスのドアの前でスマホに向かって言う。 何故モーガンがガルシアのオフィスに入らないのかと言うと、ガルシアのオフィスのドアには『立入禁止!』『入る前に必ず電話!』『入るな!』と張り紙がされているからだ。 それに鍵も掛かっている。 ガルシアがインカムに向ってピシャリと言う。 「今、手が離せないし、欲しい資料なら送ってるでしょ!?」 「リードが抜き打ちの薬物検査されたのは知ってるか?」 「知ってる! それにデレクも知ってると思うけど、あの検査はFBIの職員であれば無作為に選ばれる! 今回はたまたまリードが選ばれただけ! じゃあね!」 ブチッとガルシアが通話を切る。 モーガンは不思議そうに自分のスマホを見つめてしまったが、急用がある訳でも無いので仕方無くBAUのオフィスに戻った。 BAUのオフィスではリードがしょぼんとデスクに着いていた。 モーガンとエミリーの目が合う。 モーガンがさり気なくリードの元に向かう。 「リード、薬物検査お疲れさん。 でも何にも出なかったんだろ?」 リードが「そりゃあそうだよ!」と言うとプーッと膨れる。 「じゃあご機嫌斜めの理由は?」 「……スマホが壊れた。 原因が解るまでは代替機を使わなくちゃならないんだ」 「薬物検査にスマホの故障か…。 そりゃあ散々だな」 モーガンはやさしくそう言って、リードの髪をクシャっと撫でる。 するとリードが代替機のスマホをずいっとモーガンに見せた。 「…ん? 同じモンじゃねぇか?」 「そうだよ! 機種も同じ! 中身も同じ! ガルシアが全部コピーしたから! 僕のスマホを完璧に復元してる! でも僕のじゃ無い!」 「は〜ん…そういう事か」 モーガンが腕組みをして頷く。 「お前のスマホの故障の原因を調べてるから、ガルシアのヤツ、神経質になってんだな。 ガルシアなら『お前のスマホ』をそれこそ完璧に修理して返してくれるさ」 「…それは分かってるけど、何か『違う』のが嫌だから…」 モーガンがやさしく微笑む。 「分かるよ。 お前は何にでも『拘り』を持つもんな。 でもガルシアを信じろ。 アイツの魔法は本物だ」 リードが小さく笑う。 「…そうだね。 ガルシアなら直ぐに原因を解明して、僕のスマホを返してくれるよね」 モーガンが破顔する。 「そうそう! それに今日は金曜日! しかも事件の呼び出しも無い貴重な1日だ。 さっさと書類仕事を終わらせて週末を楽しもうぜ!」 リードが「うん!」と言って今度はニコニコと笑った。 ガルシアのオフィスではホッチナーが腕を組んで立っている。 ガルシアがパソコンの画面を見ながら話し出す。 「リードのスマホに外部から細工された形跡はありません。 でも同じ電話番号の着信がニ件消去されていました」 「誰とのやり取りだ?」 「それが使い捨て携帯なんです。 発信者は不明。 でも基地局は分かりました。 DCです」 ホッチナーの目がギラリと光る。 「だが君は俺をここに呼んだ。 それ以上の何かを掴んだからだ。 違うか?」 ガルシアがニンマリと笑う。 「流石、ホッチ! 実は位置情報プログラムが巧妙に設定されていたんです。 仕組みは簡単です。 ある闇アプリをインストールすれば良い。 そしてこのアプリはスマホ自体には表示されない。 素人ならまず気付かない。 つまりハッキングされてたんです。 リードのスマホは!」 ホッチナーが「そうか」と鋭い声で言うと続ける。 「ガルシア、これからはこのリードのスマホの発着信内容を全て記録しろ。 犯人が何処からどんな携帯を使用しているか割り出すんだ。 発着信と同時に君のパソコンに繋がるようにしておけ。 会話も全てだ そして直ぐに俺に報告しろ」 ガルシアがホッチナーの言葉に目を見開く。 「でもそれじゃリードを盗聴する事になっちゃう…」 ホッチナーが頷く。 「そうだ。 だが犯人の行動を良く考えろ。 君にリードの裸の画像を送れば、君は俺に報告し、俺は君にリードのスマホを徹底的に調べさせる。 そしてこのアプリを発見し、対策を取る。 それを犯人は分かっているんだ。 つまりこのスマホをリードに返すとは思っていない。 リードのBAUでの電話番号は簡単には変えられないから、同じ電話番号で新しいスマホを渡すと考えるだろう」 「でもそれじゃあ犯人は、リードのスマホにインストールした位置情報プログラムの闇アプリは使えませんよね?」 「もう位置情報は必要無いんだ。 リードの信頼を得ていることを確認したからな。 犯人はリードに『何処にいる?』と訊くだけでいい。 リードは相手を信頼しているから正直に答えるだろう」 「それならリードに新しいスマホを渡しても良いんじゃ…?」 ホッチナーがジロリとガルシアを見る。 「リードに気付かれる。 君ならソフトを変えてもリードに気付かれる事は絶対に無いだろうが、ハードは違う。 リードはどんな小さな違いにも気付く。 そしてリードは疑問を持てば解決せずにはいられない。 俺はリードの為ならアイツの目を見て嘘をつけるが、君はリードの裸の画像とリードのスマホの監視という二つの秘密を、リードに理詰めで問い詰められてもかわす自信があるか?」 ガルシアが小声で「…ありません…」と答える。 「それにリードが疑問を持てば、それが犯人にも伝わる。 犯人は異常者だが馬鹿じゃない。 リードは薬物検査をしたが何も出なかった。 つまり代謝の早い薬物を使われたんだ。 そこ迄計算する犯人が、スマホを避けて『遠回りの接触』を選択すれば、逮捕する機会が遠のく。 それだけリードを危険に晒す時間が長くなる。 だとしたらこのスマホを使うのが一番良い。 我々もリードや周囲につく嘘が少ない方が上手くいく」 ガルシアがパッと笑顔になる。 「そうですよね! よ〜し、あと1時間下さい! 設定を済ませます!」 ガルシアが紙袋をドンとリードのデスクに置く。 リードが「なに…?」と言って書類から顔を上げる。 ガルシアがニヤッと笑う。 「あんたの今夜のお泊りセット! あんたは今夜あたしんちに泊まるの!」 「えっ!? なんで!?」 「あんたんちのアパートの大家さんからホッチに連絡が来たのよ。 あんたの部屋の階、漏電しちゃってて火災が起きるかもしれないから、今夜は突貫工事になるって。 あんたの部屋の階の住人達は、みんな避難してもらってるらしいよ。 それでホッチに頼まれたの。 あんたを預かってやってくれって」 モーガンがプッと吹き出す。 「ペットホテルかよ! いいねぇ〜俺も行こうかな」 ガルシアがフンッとモーガンを見る。 「今夜はリード以外はお断り! リードに相談に乗って貰いたいことがあるから!」 モーガンとエミリーの目が合う。 モーガンが笑って言う。 「はいはい、姫の仰せの通りに。 リード、ガルシアには気を付けろよ?」 リードがサーッと青くなって「な、なに…!?」と言うとガルシアを見る。 モーガンが両手を広げ余裕な態度で答える。 「ガルシアは勝手に酔っ払って潰れてそれを忘れちまうから」 「ちょっと!モーガン! 誤解されるようなこと言わないでよ!」 「事実だろ?」 「うるさいっ!」 その時、リードがポツリと言った。 「でも…大家さん…何で僕に直接言って来なかったんだろう…?」 ガルシアが「あたしは知らない。ホッチに訊けば?」と言って、スマホをリードのデスクに置く。 途端にリードが嬉しそうに笑う。 「あ! 僕のスマホ! 直ったんだ!」 「そうよ〜あたしに掛かれば直せないモバイルは無い!」 「ありがとう、ガルシア!」 「お礼なんか良いって。 これも仕事だもん。 あ、お泊りセットも気を使わないでね。 いつかあんたのお泊りセット作っとこうって思ってたの実現しただけだから」 モーガンがニヤニヤ笑う。 「ベイビー、俺のお泊りセットは当然有るんだろうな?」 ガルシアがモーガンにウィンクする。 「あたしのムーンパイはその割れた腹筋だけで良いの!」 ホッチナーのオフィスの開け放たれたドアがノックされる。 ホッチナーが書類から顔も上げず「どうぞ」と言う。 「あの…ホッチ、今良いですか?」 リードの遠慮がちな声にホッチナーが顔を上げる。 「何だ?」 「あの…うちのアパートの漏電の件なんですけど…」 「ああ、それか。 入れ」 リードはホッチナーのオフィスに入ると、ホッチナーのデスクの前に立つ。 ホッチナーは表情一つ変えずに言った。 「ガルシアに理由を訊かなかったか?」 「聞きました。 でも大家さんは何で僕じゃ無くてホッチに連絡したんですか?」 「大事にしたく無いと言っていた。 お前に連絡をしたら、お前は俺に理由を話し、アパートに向かうだろう。 それはお前に取っては至極当然な行動だろうが、ハッキリ言って大家さんに取っては迷惑なんだ。 FBIの捜査官があれこれ聞き回ったり、業者に質問や助言をしまくっていたら目立つ。 漏電は管理不行き届きとも取られるからな。 だから俺に直接連絡を取ってお前の対処を任した」 リードがホッと息を吐く。 「そっか…そうなんだ…」 「大家さんにもお前の行動はお見通しってところだな。 まだ何かあるか?」 リードの頬がふんわりと赤くなる。 「今夜ガルシアの家に泊まったら、土曜日はどうすれば良いのかなって。 その…別荘に行く支度とか」 「土曜日の午前9時に直接ガルシアのアパートに迎えに行く。 お前は今日出張バッグを持ってガルシアの家に行けば良い」 「……ん…分かった」 ホッチナーが微笑む。 「お前はガルシアとの一夜を心配してろ。 ガルシアはきっとお前を困らせるようなことを考えてるんじゃないか?」 リードがまたもサーッと青ざめると、ヨロヨロとホッチナーのオフィスを出て行った。

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