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第23話

そして終業時刻近くになるとモーガンがガルシアのオフィスにやって来た。 もうドアには貼り紙も無いし、鍵も掛かっていない。 モーガンがドアをノックするとガルシアの「どうぞ〜」というご機嫌な返事が返ってきた。 「よう」と言いながらモーガンが現れると、ガルシアがニッコリ笑う。 「どしたの?」 「分かってんだろ? リードのこと! 今夜はお前の相談に乗って貰うんじゃ無くて、お前がリードの相談に乗る気じゃねぇのか?」 ガルシアの笑顔がギクッと固まる。 「ほらな。 お前、リードの恋愛相談を強引に押し進める気だろ? それだけは絶対駄目だからな。 『リードから』なら良いけど、強引に訊き出すような真似はすんなよ」 「あー…そっちね。 無い無い! 分かってるって!」 「そっち? そっちって何だよ? まだ他にあんのか?」 「ありませーん!」 「…ペネロープ?」 モーガンにずいっと顔を近付けられてガルシアが仰け反る。 「はいはい分かった! 白状します! 実はコミコンの衣装の打ち合わせをしたいの! 今年もリードに付いて行って貰いたいから! ペアルックじゃないけど、世界観合わせたいし! 皆にはナイショだよ!?」 モーガンがフッと息を吐く。 「なるほどね。 良いチャンスってとこか」 「そうそう! リードが嫌がっても今夜は逃げられない! でしょ?」 「あんまり苛めんなよ。 精々かわいく決めろよ、マーメイド」 「とーぜん!」 モーガンがニコッと笑ってオフィスを出て行く。 ドアが静かに閉まると、ガルシアが「はあぁぁ〜」と深いため息をついた。 20時。 まだオフィスに居るホッチナーのスマホが鳴る。 ホッチナーは画面を見ると直ぐに電話に出た。 「ガルシア、リードはどうだ?」 『大丈夫です。 何も気付いていません。 今のところ誰からも連絡は有りません、 食事も手作りにして誰も部屋に入れていません』 「そうか。 手数をかけたな」 『いえいえ! 昼間買い物しておいた物と作り置きでちゃちゃっと済ませたので。 打ち合わせ通りリードは今バスタイムです』 「警察のパトロールは確認出来たか?」 『ええ! これでもかってくらいアパートの前を通ってくれてます!』 「良し。 どんな些細な事でも危険だと思ったら直ぐに通報しろ。 俺にでも良い」 『分かってます! それからリードのスマホに何らかの着信があれば全て記録すると同時に、ホッチのスマホとパソコンに送信する準備も出来ています! あたしのオリジナルの暗号化システムで送信しますから、ハッキングは絶対出来ません!』 「ありがとう、ガルシア。 それと念押しになるが、リードに不審な行動があったとしても、君は観察するだけにして口出しするな。 自然に行動させるんだ。 但し俺が迎えに行くまでに君の部屋を出ようとしたら、どんな手を使ってもリードを君の部屋から出すな」 『了解! それにもしリードが部屋を出ようとしても、絶対に出られない準備はしてありますからご安心下さい!』 ホッチナーがフッと笑う。 「そうか。 聞くのが怖いな。 方法は君に任せる。 何かあったら連絡を」 『アイアイサー!』 そしてブチッと通話を切れたスマホに向って、ホッチナーが「頼んだぞ」と呟いた。 一方ガルシアは風呂上がりのリードに、レモンとライムのスライスとミントの葉が浮かんだ透明な液体がたっぷり注がれたグラスを差し出していた。 「何これ?」 小首を傾げるリードにガルシアが得意満面で答える。 「あたし特製のサングリアブランカ! 美味しいよ〜! 白ワインを炭酸で割ってるからアルコール度数も低いし、ビタミンたっぷり!」 リードが感動した面もちでグラスを受け取る。 グラスは冷たくて、火照ったリードの手の平をひんやりと冷やす。 「ガルシアって本当に料理上手なんだね! 知らなかった!」 「まあね。 あんたが知らないあたしの魅力はまだまだあるよ〜聞きたい?」 「…えーと…まずこれ飲んで良い?」 「ど・う・ぞ!」 リードがストローに口を付ける。 ゴクゴクとサングリアを飲むリードは、一気に飲み干す。 そして笑顔で言った。 「美味しい! 初めての味だよ! どうやって作るの?」 「秘密に決まってるじゃん! 良い女に秘密は付き物なの」 「おかわりある?」 「あるある!」 リードから空のグラスを受けるガルシアの瞳がキラリと光った。 「リード、8時だよ! ホッチは9時に迎えに来るんでしょ?」 リードがパチッと瞳を開ける。 リードはガルシアの部屋のソファでクッションを枕にして寝ていた。 「僕…どうしたの?」 リードがブランケットをモゾモゾと捲る。 ガルシアが呆れた様にお手上げポーズを取る。 「あんたねーあたし特製サングリアをたった三杯飲んだだけで眠っちゃったんだよ!? コミコンの衣装の打ち合わせしたかったのにー!」 「…え? そうなの?」 「そうよ! それでも心やさしいお姉さんがクッションとブランケットをセットして寝かせてやったの! よっぽど疲れてたの?」 リードがうーんと考える。 「別に疲れて無いよ。 元気だし」 「じゃあ脳みそは?」 リードがぐっと詰まる。 実はリードはトラヴィス・アルマンに書類と地図を見せられてから、ずっと脳をフル回転させて『脳内』で解析していたのだ。 ところがどう解析しても答えが出ないでいた。 それで通常の仕事をしながら解析をし続けていたという訳だが、当然それはガルシアには話せない。 だが嘘もつけなくて、リードは「疲れてたかも」と小声で答えた。 「仕事忙しいの?」 「うん、まあ…」 「…ふ〜ん」 ガルシアが腕を組む。 「実はさあ、あのサングリア、神経をリラックスさせるハーブが数種類入ってたんだよね〜」 「そうなんだ…」 大きな瞳をパチクリとさせるリード。 「勿論薬物とかじゃ無いよ。 ただのハーブ! でもハーブがそれだけ効いちゃうって、あんた相当考え事してるんじゃない? まああたしにはあんたの脳の機能は理解出来ないけど」 「そ、そうかな…」 リードはそれだけ言うとバスルームに走って行った。 リードとガルシアがガルシアお手製のパンケーキとコーヒーで朝食を済ませていると、リードのスマホが鳴った。 画面を見るとホッチナーからのメッセージで、『5分後に着く』とだけ。 「誰から?」とガルシアが静かに訊く。 ガルシアの視線はデスクの上の開かれたパソコンに向いている。 リードが嬉しそうに答える。 「ホッチから。 5分後に着くって」 「ホッチってば気が利かないな〜」 「何で?」 ガルシアは何も答えずテーブルから離れ、寝室に向かうとコーラルピンクの紙袋を持って戻って来る。 そして紙袋をリードの膝に置いた。 「これから旅行だってのに…。 あんたその仕事用の服で行くつもり?」 「…へ? でもホッチが出張用のバッグを持って行けって言ってたよ?」 「それはさあ」 うちから直接出発するにはそうするしか無いからよ!と言いたいのをガルシアが飲み込む。 「まあいいや。 兎に角着替えて」 「何に?」 「その紙袋の中身に!」 「何で?」 「いーからその服を脱げ! そして着替えるの!」 「ホッチが来ちゃうよ!?」 「待たせとけばいいわよ! 女の子は支度に時間がかかるもんなの! だからメッセージくれるなら、最低でも『10分後に着く』でなきゃ!」 「僕、女の子じゃないよ!?」 「そんなの知ってる! いいから着替えるの! 力づくで着替えさせてもいいんだよ!?」 ガルシアに凄まれてリードがネクタイを解いた。 ガルシアの部屋のインターフォンが鳴る。 ガルシアは玄関のドアの除き穴からホッチナーを確認するとドアを開いた。 「おはよう、ガルシア。 昨夜はお疲れ様」 そう言ってホッチナーが後ろ手にドアを閉める。 ガルシアが小声で「おはようごさいます。昨夜の着信記録は見て頂けました?」と返す。 「その話は別荘に着いたら話そう。 これを」 ホッチナーが衛星電話を一つ差し出す。 「緊急時用に借りてきた。 これなら犯人にも盗聴されない。 月曜日にBAUで会うまで、君と俺の間ではこの電話を使用する。 但しリードのスマホの発着信履歴の記録は、今迄通りの手筈で頼む」 ガルシアが「はい!」と力強く答えて、衛星電話を受け取ると、デスクに走り引き出しに仕舞う。 「それでリードは何処だ?」 ガルシアがダッシュでホッチナーの元に戻る。 「リードはお着替え中です!」 ホッチナーが眉を寄せる。 「着替え? 寝坊でもしたのか?」 「違います! ホッチ、自分の洋服をどう思います? いつものスーツにネクタイじゃ無くて、別荘に休暇で行くスタイルでしょ?」 「ああ、そうだ」 「でもホッチはリードに出張バッグを持ってくれば良いって言った。 事情は分かりますよ? だってリードをアパートに返せないから、そう言うしか無かったって。 でも出張バッグには仕事用の洋服しか入ってない。 だからあたしが用意した休暇スタイルの服に着替えさせてるんです! バッグの中身もね。 形からでもリードにこれがただの休暇だって信じ込ませなきゃ!」 ホッチナーが「最初はそのつもりだったんだけどな…」と呟く。 「え?」 「いや、何でも無い。 ガルシア、何から何までありがとう」 「リードを守って憎っくき犯人を捕まえる為ですもん! 全然平気です!」 「領収書は取っておけ。 経費で落とそう」 ガルシアが思わずニヤける。 「流石ホッチ〜! 完璧なチームリーダーなんだからあ〜」 そうしてうきうきしているガルシアが「ホッチ、コーヒーでも飲みます〜?」と言った時だった。 「ホッチ!お待たせしました!」とリードの焦る声がした。 ホッチナーが素早く目をやると、襟ぐりの大きく開いたパステルブルーのニットを着たリードが立っていた。 袖はふんわりしていて可愛らしいが、ボディラインがくっきり出ているデザインだ。 それに鎖骨も丸見えで、丈も短く臍が見えそうで見えない。 ホッチナーは一言「コートを着ろ」と言った。 リードが小首を傾げる。 「寒く無いですけど…」 「良いから着ろ。 ガルシア、コートは無いのか?」 ホッチナーの鋭い眼光と声に、ガルシアが「あります!」と即答してリードの肩に真っ白なAラインのコートを掛ける。 リードが不思議そうにコートに袖を通す。 するとホッチナーは素早くリードの足元にあった出張バッグを右手で持ち、左手でリードの手首を掴むと、ガルシアに向かって「邪魔したな。また後で」と言って風のように去って行った。

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