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第25話
リードのスマホが留守番電話に切り替わる。
『例の件は後回しにして下さって結構です。
それよりもお母様が心配じゃ無いんですか?
何かあってからでは遅い。
直ぐにこの番号に折り返して下さい。』
男の声はそれだけ言うと切れた。
ホッチナーが衛星電話に向って言う。
「ガルシア、聞いてたか?」
『はい!ボス!
今、掛かって来た携帯を特定中…ってまた使い捨て携帯です!
でも基地局は…出た!
ラスベガスです!』
「リードの母親はラスベガスの施設にいる。
リードの画像と前回の留守電と今回の留守電のメッセージがあれば、リードがストーカーに脅迫されていると立証出来る。
今回の件が片付くまで、ラスベガス支局に連絡して母親を保護しよう」
『で、でも画像って…!
リードの裸の画像をラスベガス支局の人に見せるんですか!?
それにお母さんを保護するって施設から出すんですか!?
せっかく安定してるのにお母さんの具合が悪くなりませんか!?』
慌てて捲し立てるガルシアにホッチナーが冷静に語りかける。
「ガルシア、落ち着け。
リードの裸の画像は犯人逮捕の礼状を取る時まで誰にも見せない。
リードの母親は今迄通り施設で暮らしてもらう。
ただ、母親に近付く不審な人間がいないか、支局の人間を病院スタッフに紛れてさせて潜入させ、24時間体制でガードするんだ。
君は先程掛かって来た留守電の音声の分析と、施設の人間と施設に出入りしている人間の洗い出しを頼む。
ここ1週間で急に金回りが良くなったり、新たに施設に入り込んだ人間を徹底的に探し出せ。
主治医の先生には俺から事情を説明しておく。
それとリードのスマホから、今の着信と留守電のメッセージを完全に消去する事を忘れるな」
『了解です!
超特急でやります!
ではまた!』
ガルシアからの通話がブチッと切れると、ホッチナーは衛星電話をバッグにしまい、自分のスマホを手にした。
ホッチナーはガルシアとの電話を終わらせると、リードの母親の主治医に連絡を取り、事情を話し、施設長からもFBI職員を潜入させる許可も取った。
それからラスベガス支局への協力を取り付けると、別荘の中の図書館に行ってみた。
『図書館』という単語が似合わない程、豪華な作りだ。
リードはテーブルの上に山の様な本を積み上げながら、一冊ずつ手に取っては、積み上げた本の反対側に置いて行く。
ホッチナーが「リード」とやさしく声を掛けると、リードがくるっと振り返る。
リードがアワアワしながら早口で話し出す。
「ホッチ、誤解しないで!
僕はこの本を全部持って行く気は無くて、選別してるんだ!
読みたい本を3冊に絞ろうとしてるだけだから!」
ホッチナーが腕を組むと訝しげに言った。
「なぜ?
たった3冊なんてお前なら1時間も掛からず読み終わるだろう?
好きな本を全部選べば良い。
俺が運んでやるから」
「でも古代ヘブライ語の古書二冊とギリシア語の古書にしたから、1時間は掛かると思うけど…」
「だからなぜ1時間なんだ?
何時間掛かっても良いんだぞ?
まだ週末は始まったばかりだ」
リードがカーッと赤くなって、ニットの裾をぎゅっと握ると、ぷいっと横を向く。
「だ、だって…ホッチと過ごす時間が減るし…」
ホッチナーの目が見開かれ、そして愛し気に細められる。
ホッチナーがリードに向って手を伸ばす。
「リード…手を取ってくれるか?」
「…?手?
あ、うん…」
リードが差し出されたホッチナーの手の平に手を乗せる。
ホッチナーがゆっくりとリードを引き寄せる。
そうしてリードはホッチナーにやさしく抱きしめられた。
「…ホッチ?
どうしたの?」
「お前があんまりかわいいことを言うから…。
少しこのままでいて良いか?」
「…うん」
リードがホッチナーの逞しい肩口に顔を埋める。
リードから甘い香りが漂う。
ホッチナーが「お前が好きだ」と囁く。
心の中で絶対に守ると誓いながら。
それから二人はリビングでエスプレッソを飲みながら、リードは読書、ホッチナーはタブレットに向っていた。
タブレットはホッチナーのパソコンに着たメールを転送するように設定されている。
ホッチナーの元には週末と言えども、あらゆる機関から連絡が入って来る。
大抵は月曜日に返事をくれと言うものだが、ホッチナーは週末の内に優先順位を確定して置かなくてはならない。
何故なら月曜日の夜中や明け方に、犯罪現場に飛ぶ事は日常茶飯事だからだ。
そしてソファの端に座るホッチナーの膝の上には、リードの小さな頭がちょこんと乗っている。
リードは座って本を読むと言ったが、ホッチナーが強引に横にならせたのだ。
横長で大型の革張りのソファは2メートルもあり、185あるリードでも悠々横になれる。
部屋の中は静かで、リードの本を捲る音しかしていない。
そうして1時間きっかりにリードはパタンと本を閉じた。
リードが胸に本を抱いたまま、ホッチナーを見上げる。
「ホッチ、仕事は終わった?」
ホッチナーがタブレットをサイドテーブルに置く。
そしてリードを抱きかかえて起こすと、膝の上に座らせた。
「大体はな」と言ってホッチナーがリードの頬にキスをする。
リードはポッと赤くなると、「大体ってことは、終わって無いんだね…」と残念そうに言うと瞳を伏せた。
その瞼にホッチナーがキスを落とす。
リードは瞳を伏せたままだ。
ホッチナーがリードをそっと抱きしめると、リードの耳元で囁く。
「もうタブレットもパソコンも見ない。
ただ緊急時の衛星電話だけは許してくれ。
いいか?」
リードが小さく「うん」と答える。
するとリードが上目遣いでホッチナーを見た。
ホッチナーは微笑むとやさしく訊く。
「何だ?」
「今夜は満月なんだよ」
「それで?」
「この建物に着いた時、この場所の地理と地形、それから満月が見える方向を計算したんだ。
そしたらここからも見えることが分かった。
しかも湖の上に満月は出る。
だから…」
そこまで言うとリードが突然黙った。
ホッチナーがリードを抱き寄せる。
そうして鼻先が触れる距離で、「続きを聞かせてくれ」と言った。
リードは一瞬唇を噛むと、「二階のバルコニーでホッチと満月が見たい…」と消え入る様な声で答える。
ホッチナーはリードの唇にチュッとキスをすると、リードの目を見て、「それだけでいいのか?お前の望みなら何だって叶えてやる」と言うと、リードを力一杯抱きしめた。
昼食はホッチナーが作った。
ホットサンドニ種類にボイルしたソーセージとカットフルーツを添えた簡単な物だったが、リードは喜んで食べた。
飲み物は白ワインだ。
リード何度も「美味しい!」を繰り返しニコニコと笑っていた。
食事が終わると、ホッチナーとリードは二人で食洗機に使った食器をセットした。
リードは食洗機に興味津々で、ホッチナーに食洗機の仕組みや最適な洗浄剤の説明しだしたが、ホッチナーはキスで説明を終わらせた。
段々と深くなるキスにリードが立っていられなくなってホッチナーにしがみついた時、衛星電話が鳴った。
ホッチナーはリードをさっと抱き上げるとソファに座らせ、とろんとした瞳のリードに向って、「悪いな」と一言言うと衛星電話を持ちリビングを出て行った。
行き先は書斎だ。
ホッチナーは書斎に入り、ドアに鍵を掛けると同時に衛星電話に出た。
「どうした?」
ホッチナーの短い問いにガルシアが興奮した口調で話し出す。
『ホッチ!
犯人は相当混乱してます!
ホッチのスマホとパソコンを見てもらえば分かりますけど、犯人は最後の留守電のメッセージを残してから、メッセージこそ残していませんが、13回もリードのスマホに電話してきてます!
しかも木曜の夜にリードに掛けた使い捨て携帯で!』
「捨てていなかったんだな。
電源を切って持ち歩いていたんだ。
その番号を見ればリードが気付いて、折り返し電話を掛けてくると思っているんだろう。
それで留守電のメッセージの音声の分析は出来たか?」
『勿論です!
但し最後のメッセージは一人の人間の物でした。
音声変換器を使ってからフィルターを掛け、その声にまた音声変換器を使って別のフィルターを掛ける行為を何十回も繰り返していて、犯人本人の声かもしれませんが、印象が大分違うと思います』
「だが声紋やイントネーションまでは変えられない。
証拠に使えるな。
ただリードにはあのメッセージだけで良かった。
声を変えていてもリードを納得させるだけの理由があるんだろう。
リードのスマホの履歴は消してあるな?」
『ええ、勿論!
というかイチイチ消すのも面倒くさいし、あたしも人間なんでパソコンの前から消える事も多々有りますから、リードのスマホの電話帳に登録されている番号とアドレス以外から電話やメールやメッセージが着ても、自動的に履歴と内容が消去されるように設定しちゃいました!
ついでに着信音も鳴りません!』
「ありがとう、ガルシア。
それで良い。
それとリードの母親の施設の関係者の洗い出しはどうなった?」
『それなんですが一応一ヶ月前まで調べたんですが、金銭面や生活が変化した人間はいませんね。
新たに施設に入り込んだ人間もいません。
リードのお母さんがいる施設は警備が厳重で、他人がリードのお母さんに近付くまでは何重ものチェックが必要です。
ハッキリ言って外部の人間ではリード本人以外無理です』
「電気設備や清掃業者などはどうだ?」
『それも変化ナシ!
それに業者でも施設内に入るには、経歴チェックがFBI並みに厳しいです!
そもそも患者の居る場所には入れないし。
清掃もきっちりスケジュールを組んで、患者との接触を皆無にしています。
あ、そう言えばリードのお母さんの主治医の先生と連絡は取れたんですか!?』
「大丈夫だ。
取れた。
先生はこの土日に、ボランティアで集まった精神科医達と新薬についての非公開のディスカッションをホテルの会議室で開いていた。
皆、患者を抱えている中集まっているから、時間を節約する為に、緊急の用件以外は連絡を繋がないようにしていたという事だ。
今回の件では全面的に協力してくれる。
リードの母親の主治医の先生はディスカッションを抜けるそうだ。
心配無い」
『そうですか!
良かった〜!』
「もうロス支局の人間が施設に潜入している。
今のところ異常は無い。
君は引き続きリードのスマホの監視業務を頼む」
『了解です!
では!』
ブチッとガルシアから通話が切れる。
ホッチナーはすぐさま振り返ると書斎の鍵を開けた。
ホッチナーが足早にリビングに戻ると、リードはソファに寝転び午前中に図書館から持って来た古書を読んでいた。
「リード、悪かったな」とホッチナーが話し掛けると、リードは古書をそっとローテーブルに置いてホッチナーを見上げた。
リードの瞳はまだとろんとしていて、潤んでいる。
リードが両手を広げる。
そして囁く様に言った。
「ホッチ…キスの続きして…」
「…リード?」
「ホッチにキッチンでキスされて…本を読んでも駄目なんだ。
ホッチのことばかり考えて…。
だからキスしてくれたらまた本を読めるようになるかも…」
「分かった」
ホッチナーは即答すると、ソファの横に跪き、リードの広げた手の中に身体を預けた。
リードが嬉しそうにホッチナーにぎゅっと抱きつく。
ホッチナーがやさしくリードの腕を解き、リードの白い小さな顔を両手で包む。
リードが「…ホッチ…」と小さく言うやいなや、ホッチナーはリードの唇を塞いだ。
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