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      第12話

 予定通りテーラーの元へ行くと、笑顔の素敵な老紳士が出迎えてくれた。初老の彼は優し気な目じりを下げ、社長の採寸をテキパキと終える。特に変わっているところはないらしく、社長の体系維持にとても関心していた。そこから素材を軽く決め、あとは老紳士にフルオーダーで決めてもらう。店を出るとき、葉琉に向かって軽くお辞儀をする。先に出ていた社長は気づかなかったが、葉琉の父や祖父もここのテーラーに通っていた為、老紳士とは顔なじみだった。  そのあとパリ支社へ行き仕事を片付け最終日。ついにルクセンブルクに向かって車を走らせている葉琉の姿があった。後部座席に座っている社長は、日本本社で行われている会議にオンラインで参加中である。その姿はいつもと変わりない頼れる社長であるが、会議の合間合間にどこか不安そうな表情になっていた。ルクセンブルクの小高い丘に行くのは、11年前に両親の埋葬の為に訪れて以来。最近まで両親の死を直視できないでいた彼からすると、辛いものがあるのだろう。  4時間ちょっとのドライブを終え、たどり着いたのはルクセンブルクにある広大な敷地を誇る七々扇家の別荘だった。十何台の黒光りした高級車が並ぶ中、葉琉の運転する黒のメルセデスベンツは一番端に停車する。 「到着しました」  パリ支社での仕事を終え、そのままその足で別荘まで来た二人。時刻は既に23時を回っていた。  11年ぶりに来るこの別荘に、社長はいつもの無表情の下に泣き顔を隠しているようだった。 「紫桜!!」  現れた紫桜に驚き、声を上げたのは誰だっただろうか。  リビングに入るとNIIG会長である祖父・龍玄(リュウゲン)を始め、北米総代表を務める叔父のウォーレン・E(Edmund)クレイトン(Clayton)・ナナオウギとその息子のハミルトン(Hamilton)D(Deryck)・クレイトン・ナナオウギが二人掛けソファに座り、その後ろにハミル(ハミルトン)の兄でNIIG欧州代表をしている玄頼(ハルヨリ)が立っている。3人の向かいのソファには叔母の万里(マリ)とその息子の藤堂麗央副社長とその妻の姫野紗那女史。そしてキッチンでみんなの飲み物を入れていた弟の飛結(ヒユウ)の姿があった。夜寝るのが早い祖母・クラリスはもう寝ているのだろう。 「…やっと来おったか」  呆れた様な、それでいて安堵したような声音で言うのは祖父である。リビングの入り口の立っていた社長は、とても気まずそうな顔をした。 「…社長、私はこれで失礼します」  静かに別荘から30分の距離にある使用人専用のコテージに行こうとした葉琉を止めたのは、社長ではなく会長だった。 「待ちなさい。君のお陰でこの堅物がここまで来たんじゃ。君の部屋はこの別荘に用意しよう」  そういい、壁際に控えていた執事に部屋を準備するよう視線で指示を出してしまう。 「会長!…いえ、私は」 「構わん。……それに、紫桜をここまで連れてきた君と少し話してみたいしな」  会長の眼光が鋭くなる。七々扇社長の、獲物を捕らえようとするときのあの眼光とは比べ物にならないほどのそれに、葉琉は一瞬身震いした。そして決して断る事ができない雰囲気に、大人しく降参した。 「隣の応接室に秘書たちはいるはずだ。そこに居なさい」  別にGlareを出しているわけでもないのに、会長の威圧間に葉琉は思わず呼吸の仕方を忘れる。絶対的王者でる会長相手では、紫桜含め、誰も意見する事はできなかった。これが世界人口の0.01%未満の存在と言われる、“Sクラス”のDomの存在感なのである。  静かに低頭し、隣の応接室に行く。そこには二人の秘書が静かに紅茶を飲みながらノートPCを叩いていた。 「初めまして。七々扇紫桜社長の第一秘書をしております、神代葉琉です」  扉を開け、二人が顔を上げた時に自己紹介をする。銀縁眼鏡をかけた30代のアメリカ人と、綺麗なブロンドのロングをお団子にした年齢不詳のちょっとキツメの美女は笑みを浮かべて挨拶してくれた。 「私はウォーレン代表の第一秘書をしております、マイルズ(Myles)ポズウェル(Poswell)と申します」 「私はハミルトン代表の第一秘書のジョディ(Jodie)ぺリング(Pelling)よ。よろしくね」  執事風の物腰なのが銀縁眼鏡のMr.ポズウェル。ブロンド美女がMs.ぺリング。この2人とはなんだか仲良くなれそうだ。…歳の差はかなりあるかもしれないが。  話をすると、どうやらこの2人も今日はこの別荘に泊まるらしい。1Fに5つある客室は、今回秘書の為に使うとの事だというのはMr.ポズウェル談。龍玄会長の第一秘書は、現在会長夫人であるクラリス夫人の星見に付き合って屋上にいるとのことだった。 「ポズウェルさん、会長秘書の方ってどんな方ですか?」 「Mr.ウェストンの事かい?彼は会長ととても似ている人物だよ」 「そうね。何事にも厳しいけど、ちゃんと相手の事を想っているのがよくわかるわ」  会長秘書のクライヴ(Clive)ウェストン(Weston)。50代後半なのは有名である。理由は、見た目が超絶ダンディなイケメンだからというのと、本人もAランクのDomという、本来は社長や経営者といった上の立場に立つに相応しい人物であるのに秘書をしているという点からである。 「そういえば、ウェストンさんってなんで会長秘書になったんですか?」 「ああ、まだ会長が若い時にね、Mr.ウェストンと今の奥さんのキューピットになったんですって。しかもただのキューピットじゃなくて、奥さんの命がかかってるレベルのね」  Ms.ぺリングは、会長とMr.ウェストンの話をしてくれた。Mr.ウェストンの奥さんは生まれつき身体が弱く、Mr.ウェストンが最初にプロポーズした時、難病を理由に断った。諦めきれず、毎日彼女に会いに行く内に彼女も段々とMr.ウェストンに絆され恋仲になった。しかし、彼女の病状は日に日に悪化し、危篤状態にまで陥った。Subである彼女の危篤に、Mr.ウェストンはDefense(ディフェンス)を起こしてしまう。彼女を自分のSubであると認識していたMr.ウェストンは、彼女を過剰に保護しようとするあまり、周囲にGlareをまき散らしてしまっていた。クラスの低いDomであればどうという事はないが、Mr.ウェストンはAクラスのDomである。被害は大きかった。  そんな二人を救ったのが、当時医療関係に進出を果たしていたNIIGであった。Mr.ウェストンの事を知った当時社長であった龍玄は、彼女の治療薬をたったの1年で臨床可能の状態まで運び、試験薬という形で投与し彼女の命は救われたというのが、会長とMr.ウェストンの出会いである。 「今では3人の孫がいるお爺ちゃんなのよ?Mr.ウェストンって」  お茶目なMs.ぺリング。遠目で見るだけだったが、あの無表情で冷徹そうなMr.ウェストンが、孫といるとデレデレになるのか想像した葉琉は、思わず笑ってしまったのは仕方のない事だろう。

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