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赤朽葉の朧 第14話

 8月に入り社交界が終演に向け動き出した。そうなるとNIIG社長である七々扇社長もお呼ばれする機会が増える。普通はパートナーを連れ出席するが、まだ社長はパートナーを決めていない。そうなってくると、葉琉が初めて社長に出会ったときに言われた事が復活する。 「葉琉、今週末のパーティなんだが」 「出席しません。おひとりでどうぞ」  全てを言う前に断固拒否の葉琉。ヒューストンの北米支社で仕事中の今、移動中の車内で二人のバトルは繰り広げられていた。それを面白おかしく見ているのは同乗しているウォーレン代表。もう30も後半に差し掛かるはずの甥の幼稚なやり取りに、もう笑いが止まらない。それは運転席のMr.ポズウェルも同様のようで、ずっと笑顔で運転していた。 「なにも、そう頑なに断らなくていいんじゃないかな」  笑いを何とか堪えながら、可哀想な甥の援護射撃を試みる叔父。助手席に座る葉琉は、少しどころではない不機嫌さを隠しもしなかった。 「今回はアメリカの大企業や政財界の大物しか来ない。だから頼む」  どういう説得の仕方なのか、社長は後部座席で喚く。隣に座っているウォーレン代表はもう腹を抱えて大笑いしだした。 「ちょ、紫桜!そもそも社交界が嫌いそうな葉琉君が、そんな理由で頷かないでしょ」  もう大爆笑である。  音も視線も煩い後部座席を無視し、葉琉は参加するかどうか考えていた。葉琉が参加したくないのはある一定の方たちが参加する社交界のみである。そのほかはどうってことはない。アメリカの企業や政財界のお偉方が参加するパーティ。会いたくない方たちが来る可能性を完全に否定はできないが、日本のパーティよりはまだ幾分もマシだろう。 「少しは考えてくれたかい?」  隣に座っているMr.ポズウェルも苦笑しながら聞いて来る。 「…今回の参加者リストはございますか」 「っ!ああ!あとで渡そう」  渋々ながらそう答える葉琉に、社長は勢いよく顔を輝かせ頷く。Glareを貰った犬Subの様なその姿に、ウォーレン代表の笑い声はさらに大きくなったのは言うまでもない。  そんなやりとりから数時間後。葉琉の手元にはきっちりA4用紙にまとめられた参加者リストがあった。そもそも今回のこのパーティは、アメリカ財界の超大物が主催者であるらしい。そんな人物のパーティの参加者リストなどテロ対策などの観点から公表されるはずもなく、まして機密事項扱いのはずである。…なぜこんなに早く手配できる。と、社長の権力に少し畏怖を覚えながらも、葉琉は会いたくない方たちの名前がリストの中にないのを確認した。  そうと決まれば後は早かった。就寝前に翌日のスケジュールの確認を行うのだが、その最後についでとばかりに”参加しますよ、今週末のパーティ”と軽く言うと、ギッチギチに埋まっていた社長のスケジュールを無理にでも空けろと横暴を言い放ち、その理由が葉琉のスーツを一緒に選びに行く。と宣って下さった。白い視線を社長に浴びせ、来週の予定だった面会を今週に移動し、さらに馬車馬よろしく社長を働かせた鬼畜秘書は、笑顔で"参加しなくてもよろしいですが"と上司を平然と脅したのだった。  そんな多忙な(気の重い)一週間を終え、社長と葉琉はラスベガスにいた。今回の主催者であるスペンサー卿はアメリカ財務省のトップであり、アメリカの経済雑誌・フォーブスが毎年発表する世界長者番付の常連さん。今回は愛娘の誕生日祝いと、新しくラスベガスにオープンしたカジノホテルのお披露目の為のパーティである。Domとしての資質も高い彼はアメリカ至上主義であり、彼のパーティにはアメリカ人、もしくはアメリカ政財界の関係者でなければ参加する事はない。そんな彼が是非に。と言ってきたうちの一人が今目の前で優雅に他のパーティ参加者と挨拶を交わしている七々扇社長であった。  仕事をする時よりも少しだけ微笑みが伺える社長。葉琉はその半歩後ろで秘書兼パートナーとして参加していた。 『あら、彼がMr.ナナオウギのパートナーかしら』  いかにもなご婦人が葉琉に視線を移して問うてくる。社長はスマートに葉琉の腰を抱き寄せ、極上の笑みを浮かべた。 『あらあら、Dom同士だなんて。なんだかMr.ナナオウギらしいわ』  周りにいたご婦人たちは葉琉がDomであることを微塵も疑わない。確かにこの社長であればDom同士の結婚も分からなくもないが、それにもしてもである。オレが嫌がってるのが分からないのか?と笑顔の下で葉琉は疑問に埋もれていた。 「…葉琉、社交界にかなり慣れているんだな」  ご婦人方から離れ、会場の端っこに移動した社長はふと、そんな事を言った。 「ええ、まぁ。色々とありましたので」  白ワインを軽く飲む葉琉と、赤ワインを手に持ったまま着飾った葉琉を熱い視線で見つめる社長。Dom同士のパートナーに思われている二人。葉琉は周りからの熱い視線がかなり鬱陶しく、今すぐにここから出たい衝動と何度も抑えていた。 「おや、七々扇社長ではありませんか」  そんな壁の花になりたくてなれなかった葉琉と、葉琉をまじまじと見て喜び、いっそのこと酔わせてホテルに連れ込もうかと危ない思考に陥りかけていた社長の元に、日本語で誰かが話しかけてくる。 「これは、院瀬見社長。夫人の誕生パーティ以来ですね」  笑顔で握手する社長。声をかけてきたのは院瀬見当主だった。基本的に妻を表に出したくない社長は、今日も一人である。その半歩後ろには御曹司の颯士の姿があった。 「院瀬見社長、紹介します。私の第一秘書の神代です」 「…お初にお目にかかります、七々扇社長の第一秘書をしております。神代と申します」  七々扇社長の陰で見えなかった葉琉の姿を見た院瀬見社長と颯士は、少し目を見開く。それを見て葉琉は少し気まずそうにした。そんな3人の様子に、訝しむ七々扇社長。一瞬沈黙になり、緊張感の張りつめるその一角に、何事だと会場全体がざわめく。 「そうか、九条さんの後任は誰になるのかと気になっていたんだ」  通常の院瀬見社長に戻る。さすが七々扇と同じか、それ以上の大企業の社長である。持ち直しが早い。少し微笑みを浮かべた営業スマイルの葉琉は、静かに低頭していた頭を上げる。そこには3年前から全く変わらない院瀬見社長と、20歳になったばかりには思えない落ち着いた様子のある御曹司の姿があった。 「九条さんのようにまだうまくはいきませんが、誠心誠意頑張っていく所存でございます」 「……そうか、…そうか」  葉琉の言葉に院瀬見社長は少し言葉を詰まらせながらも、何度か頷いた。 ―――――― (作者) なんだろう。七々扇社長のヤバイ一面をちょっと垣間見た気がする…。もっとヤバくてもアリなのか…?w

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