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      第15話

 パーティの翌日。葉琉はヒューストンでの仕事がある為置いてきた紫桜社長は、ヒューストン支社の秘書室にいる第二秘書のティム・ブレイズを連れてマイアミ支社に出張に来ていた。 「ティムは葉琉に会った事があったか」 「もちろんですよ、ボス。やっぱりボスの第一秘書ともなると、Mrs.クジョーなみのDomじゃないと務まらないんですね」  奥さんが日本人なため、日本語を勉強したいという彼本人の希望で社長との会話は全て日本語で行われている。  マイアミ支社の役員室で書類に目を通しながら聞くと、第二秘書は葉琉の事を思い出しながら、社長宛にまとめられた書類から、専務や常務といった役員でも裁けるものと社長決裁を待っているもの。そして急を要する社長決裁に分類していく。 「…本人曰く、面倒だから訂正していないだけらしい」 「訂正ですか?」 「葉琉はれっきとしたSubだ」  紫桜社長の言葉に、ティムの動きが止まる。ややあって強い視線を感じ、紫桜社長が視線を上げるとティムが自分の事を凝視していた。いつも軽い口調でありながらも、社長秘書を務めるだけはあり仕事が早い彼。例え驚こうとも作業する手を止めなかった彼が、今、完全にフリーズした。 「……冗談ですよね」  あの見た目と存在感でSub?と信じられないような表情をするティム。本人もBランクのDomであるため、Subの事はよく知っている。そんなティムの中のSubの常識を逸脱しているのが、神代葉琉というSubだった。 「葉琉はSubだ。本人も認めた」 「…マジですか」  手が止まったままのティム。紫桜社長も何か考え込むように黙り込んだ。 「一つ頼みがあるんだが、葉琉について調べてくれないか」 「え、何かあるんですか?あ、本当に彼をパートナーにするとか?」 「ああ、それはもう決定事項だ。そうじゃなくて、葉琉の家族構成とか個人情報を調べてほしい」 「本人に直接聞けばいいのでは?」 「聞いた。だが、どうも何か隠している雰囲気だった」  葉琉をパートナーにするというのが決定事項である事は、もう敢えて触れない。ボスは葉琉君の二次性が何であろうと確実にパートナーにするだろうことは、ティム含め、秘書たちは勘づいていたからだ。 「えっと、構わないんですけど、俺に頼むってことはかなり深いところまで調べていいってことですよね」 「ああ。この際ハッキングでもなんでも構わん。葉琉の事を隅々まで調べ尽くしてくれ」  暗に犯罪者になれと言われているティムだが、社長が自分に頼んでくる時は大抵いい結果にはならない。最後にハッキングしろと言われた時は、NIIGに敵対的TOBを仕掛けてきた大企業を完膚なきまでに叩き潰すためだった。  ティムはマサチューセッツ工科大学出身のエリートで、情報関係がかなり強い。NIIGヒューストン支社に入社してからも、趣味でハッキングをしている事はこの上司には知られている。逆に、それを活用しようとする上司であるが。 「では、明日中には情報を抜き出しておきますね」  言われた仕事はやるだけだ。それをこの上司がどのようにして使うかは別に関係ない。というか、この上司は目標の為に自分の抜き出した情報を使うのであって、悪用する事は一切ないと信頼できる。そう思い、目の前の選別中の書類を再開した。  同時刻。場所は変わりNIIGヒューストン支社。葉琉は一人ここに残り、東京本社に送られてくる他の支社からのメールを遠隔でさばいていた。些細な用件から大都市計画の進捗状況、新規で入札される予定の一国のインフラ事業の新しい情報。様々なメールがあった。そして、その多くは昨日のスペンサー卿主催のパーティに葉琉をまるでパートナーのように同伴させていた件について、結婚するのか、それともただの同伴なのか。といった、葉琉からしたら冗談じゃないと言わんばかりのメールだった。 「…ざっけんな」  思わず悪態をつく葉琉。役員室に一人だったため、誰にも聞かれる事はなかった。  結局午前中はメールの返信に時間を費やし、それ以外の実務はできなかった。午後になり、役員室の前で待っていたヒューストン支社の女性社員たちに捕まりそうになりながらも、葉琉はとある高級ホテルに来ていた。上階のアフタヌーンティーがとても有名なラウンジに通される。待ち合わせの人物は先に来て、紅茶を楽しんでいた。 「お待たせ」 「お、兄貴。仕事大丈夫そうか?」  待っていたのは弟の颯士。そしてその目の前に座っていた実の父の瑠偉(ルイ)である。上質なスーツを身にまとった二人は、まさに上流階級の人間だった。 「父さんも、久しぶり」 「……ああ」  懐かしみながら微笑み葉琉に、父は緊張しているのか、少しソワソワしていた。  そんな父に少し苦笑を漏らしつつ、葉琉は一人掛けソファが4つダイヤ型に並んだ椅子の一つに座る。右側にニコニコの颯士、左側にジッと真顔の父の姿がある。  そんな対照的な二人に苦笑を浮かべつつ、既に用意されていたダージリンの秋摘みを口に運ぶ。好みを知っている家族に、とても懐かしく、そして悲しい感情に苛まれたのは内緒である。

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