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第16話
上流階級の人たちによる、優雅なお茶会が開催される。ただ一人、葉琉だけごく普通のスーツであるのに、座った瞬間に彼の纏う空気が変わる。入ってきた時はビジネスマンという印象だった彼だが、今は上に立つに相応しいDomのそれであった。
「…久しいな、葉琉」
お気に入りのダージリンファーストラッシュを口に運びながら、父は隣に座る葉琉をまじまじと見つめる。
「父さんも、お元気そうで」
優しそうな笑みを浮かべる葉琉。そんな父と兄を、颯士は3段のケーキスタンドの一番上にあるサンドウィッチを楽しみながら笑顔で見ていた。
「それにしても、兄貴がまさかNIIGの社長秘書してるとは」
「そういや、言ってなかったな」
「就職が決まったってしか教えてくれなかったじゃん」
少し拗ねた様な弟の物言いに、葉琉は苦笑しながらもちゃんと答える。それは父も同じのようで、颯士の言葉にうん。と葉琉の目を見つめながら真顔で頷いていた。
約10か月前。夏休みを終えた段階で葉琉はNIIG本社から内定が出た。その時に颯士を通して父に報告していたが、その時に伝えたのが“内定もらいました。”という一言だけ。もちろん颯士にどこの会社が聞かれたが、国内企業とだけ答えていたのだ。
「まさか七々扇社長の元にいるとは。…大丈夫なのか」
父のその”大丈夫なのか”には、様々な意味合いが込められているような感じだった。
「大丈夫だよ。というか、特にオレがSubである事を隠してる訳じゃないからな。やっぱりDomに間違えられる事の方が多いけど」
「昨日のパーティだって、兄貴が七々扇社長のパートナーになるのかって話で持ち切りだったぞ?」
揶揄う様な感じの颯士に、葉琉の笑顔は消え、ただ呆れる様な溜息を吐いた。午前中もそのメールの返信をずっとしており、葉琉自身ももうパートナーを決めることはもうしないと決めている。それなのにこうして誤解され続けているのに対し、精神的に疲れていた。
「…何かあったら頼ってこい。家族だろう」
父の頼りたくなる言葉に一瞬息を詰まらせるが、葉琉は大祖父 との約束を思い出し哀しい笑みを浮かべるしかできない。そんな実の兄を見て、颯士も眉尻を下げる。
「それより父さん。母さんは元気そう?夏輝も」
哀しい笑みを消し、葉琉は気分を切り替えるように今は会えない家族の事を聞く。父とも会う事は許されていないのだが、今回は"偶然"を装って会っていた。
「二人とも相変わらずだ」
「父さんの母さんへの溺愛は増してるけどな」
紅茶を飲みながら余計な一言を言う次男を睨みつける父。そこも依然と変わらない様子に、葉琉は懐かしさがこみあげてくる。今は戻ることの許されないその関係に、葉琉は辛さを耐えながらも、仕方のない事だと諦めていた。
そんな葉琉を盗み見て、父と弟は長男 も苦し気な表情をしているのを葉琉は気づかなかった。
「もうあれから3年か…」
アフタヌーンティーにあるまじき重い沈黙を破ったのは、吐き出すように呟いた父の言葉だった。紅茶を飲んで気分をリフレッシュしようとしていた兄弟は、片やもう過去の出来事だと認識し淡く微笑み、片や自分の事ではないのにとても傷ついた顔をしていた。
「…ああ、そうだ。オレが本当は神代ではない事が七々扇会長にバレた」
「え、それ大丈夫なのか?」
「会長は特に言触らす気もなければ、神代葉琉がSubである事は会社でも上層部しか知らない。何せDomに間違えられる見た目と雰囲気みたいだし」
何気なく告白すると、父と弟は目を見開く。すぐに口を開いた弟とは違い、父は何か考える様な素振りを見せた。大方、婿入りした弟の苗字ではなく、本来の名前を名乗らせたほうが安全ではないのだろうか。などというリスク計算をしているのだろう。まあ、大祖父との誓約がある以上、オレが戻ることは当分ないが。
「とりあえず今のところ害はないから。というより、同じ秘書課でもオレの事Domだと疑わないから本当に大丈夫だと思う」
「…兄貴って昔からしっかりしているようで、自分の事に関しては死ぬほど鈍感で抜けてるからな」
「……酷い物言いだな」
単純に今の状況だと大丈夫だろうという葉琉に対し、全く兄を信用していない視線を向ける弟。思わず颯士をジト目で見てしまう。その間も、まだ父は何か考えていた。
「じゃあそろそろ戻るよ。昼休憩も終わるし」
「あ、もうそんな時間か」
結局父とはそんなに話すことなく、兄弟の楽しいお茶会で昼休憩の時間が終わりそうになっていた。父はただ愛する長男の成長を見つめ、懐かしみながら哀しみながら驚きながらと、かなり忙しい感情遷移を行っていた。
帰る為に立ち上がり、もう一度家族に視線を移す。
「じゃあ颯士はまた今度。日本にいる時にでもまたマンションに遊びに来い。父さんは…」
父と視線が交わる。またの機会に。と言おうとしたが、結局微笑むだけで何も言わずにヒューストン支社に戻っていく葉琉。颯士はそんな兄の後ろ姿を見て、昔と変わらない優しくて頼もしく、それでいてちょっと抜けているので無意識のうちに心配になってしまう。瑠偉も同じで、よくできた息子である反面、兄弟の中で愛する妻に一番似ている長男をとても心配している。それこそ、過去に一度、二人が葉琉の危機にDefense を引き起こしてしまうほどに全員が家族を愛していた。
「…あれ、大丈夫なんかな」
そんな次男の呟きに父は特に反応する事なく、長男と七々扇社長がパートナーになるのではという昨日の噂の方が気になっていた。
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