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      第25話

 流れで関係を持ってしまい、気づけば8月も終わりを覗かせる頃。上期の決算も終わりが見え、やっと葉琉とゆっくりできると安心する紫桜は、東京本社の自分のデスクでコーヒーを飲んでいた。そこに葉琉の姿はなく、変わりに欧州代表を務める従兄弟の玄頼(ハルヨリ)と、ついさっき首相官邸の用事から解放された副社長の藤堂麗央の姿があった。 「あ”-」  奇声を上げるのは麗央である。 「どうしたの」 「大方どこかの大使から無茶ぶりでもされたんだろ」  苦笑しながら問う玄頼と、呆れている紫桜。3人がそれぞれ別の部類の美形であり、世の女性が絶対に黄色い悲鳴を上げるであろうその容姿は、みんな疲れで曇っていた。 「なんでドバイとかそっち方面の人たちは変な売り込みしてくんだろうね」 「あれかい?自分の子供を婚約者にってやつ」 「あれはどこも一緒だろ」 「あー、そういやヨーロッパもそうだわ。僕まだ子供いないんだけど」  欧州代表をしている玄頼は、紫桜や麗央よりも社交界に出る事が多い。そのたびに自分の子供を売り出してくる社長やセレブといった金持ちたち。紫桜と同い年の35歳である玄頼だが、まだパートナーはいない。その変わり色々遊んでいるらしいが。 「あ、そういや紫桜。最近葉琉君とはどうなの?」 「あれ、Claim(クレーム)は?もうやった?」  基本的にデュッセルドルフ支社に席がある玄頼は、葉琉と紫桜の関係がどのようになっているか分からない。麗央も、1か月くらい前に二人が関係を持った事は知っているが、仕事をしている時の二人はどこか変わった様な感じはないため、少し疑問に思っていた。 「いや、まだだ。とりあえずパートナーになってくれるとは言っていたが、それもなし崩し的な感じだったから、もう一度話し合おうと思って」 「じゃあ早めがいいぞ。俺も紗那とClaimする前、紗那が不安がってそれのせいで堕ちかけたし」 「え!?初耳なんだけど!!?」  経験者の言葉に目を見開く反応しかできない紫桜と、思いっきり驚く玄頼。現実に戻ってきた紫桜の行動はとても速かった。  残っているコーヒーを一気に流し込み、目の前のPCの電源を落とすと同時に、スーツのジャケットを羽織る。何も言わずに車を下に呼んだあと、社長室に残っている二人に見向きもせず颯爽と帰っていた。  そんな従兄弟の姿を茫然としながら見つめていた欧州代表と副社長。いつも冷静沈着な従兄弟が、静かに取り乱している姿を見て、少しして大爆笑していた。 「な、なにあれ!!!」 「やっば」  秘書室に残っていた河本室長は、そんな上役二人に静かにコーヒーを出す。 「…副社長、さすがにあれは可哀想では?」  静かに苦言を呈する秘書を前に、茶目っ気たっぷりに副社長はこう言った。”進展しないアイツが悪い”と。悪戯が成功した少年の瞳をしている従兄弟を前に、そのセリフにフリーズしていた従兄弟は大爆笑する。 「ちょっ!さすがにそれは酷いって!!」 「や、だってよ、あの二人何も進展ないんだぞ!?おかしいだろ!!」  力説しようとしている麗央。玄頼は腹を抱えて爆笑が止まらない。もはやソファの上で踊っているのではないかというほど、腹を捩っていた。  そんな意地悪な副社長を前に、自分がClaimをしたときを思いだす秘書。そもそも、Claimができるほどの関係であれば特に堕ちる事は少ない。というより、Subが満たされているとき、仮パートナーであったとしてもSubが満たされている事が少なからず感じられる。それはDomも同じで、自分のSubがどのような精神状態なのかを少しながらも把握する事ができる。  それを知っている河本室長は、同じくClaimを済ませた目の前の副社長が知らないはずないと思っている。 「まぁ、明日の紫桜を楽しみにしておこう」  黒い笑みを浮かべ、秘書の淹れてくれたコーヒーを飲み干す麗央。笑い過ぎて涙を浮かべる玄頼も、明日どんな表情で、どんな関係性で社長と専属秘書が来るのか楽しみでならなかった。  自分が去った後、社長室でそんな会話がされているとはいざ知らず、紫桜は専属運転手の車でスムーズに自宅マンションへと帰宅していた。葉琉は定期健診のため、今日は定時で上がっている。そのため、目の前の玄関を開けると愛しの彼が待っている。 「…ただいま」  毎年参加しているダボス会議や各国の王族主催のパーティに参加するよりも、今この瞬間が緊張していた。 「あ、おかえり」  そんな紫桜の緊張とは裏腹に、葉琉は部屋着に着替え、リビングのソファでノートPCを片手に残っていた仕事を片付けていた。そんないつもと変わらない日常に安堵し、スーツの上着を脱ぐこともなく葉琉に抱き着く紫桜。 「ちょ、どうしたのさ」  いつもと違う上司兼パートナー(仮)の反応に驚く。  成り行きとは言え、関係を持ってしまったあのアメリカ出張の後から、こうして紫桜のマンションで一緒に暮らすことになった葉琉。自分のマンションを解約したわけではないが、ほぼ毎日紫桜のマンションで過ごしていた。今や、自分のマンションに戻るのは紫桜がヒューストン支社に出張に行くときくらいである。葉琉はヒューストンには秘書のティムがいる為、パーティがない短期出張の時は本社で仕事をしていた。 「いや、なんでもない」  なぜかほっとしている紫桜に疑問を持ちながらも、とりあえずお帰りのキスをした葉琉。  紫桜はその幸せを感じながら、どうやって葉琉と正式なパートナーになろうかと考えを巡らせていた。 「あ、そうだ。紫桜、ちょっと有給申請しても大丈夫か?」  愛しのSubからのいきなりの問いに、訝しげな顔になってしまう。公私共に紫桜を最優先に考えている葉琉は、自分から滅多に休みを取らない。入社して早半年が経過し、有給を取得している葉琉。紫桜は事あるごとに、二人で優雅な有給休暇を取ろうと葉琉を説得しようとするが、毎回凍てつくような視線を向けられて終わるのだ。 「そうだな。決済に関してはもう終わっていると言っても過言ではないから、少しなら特に問題はないが」 「じゃあ来月の第2金曜だけ有給申請しておくから、そこはよろしく」 「ああ。…どこに行くんだ?」 「叔父に呼ばれてちょっと、」  視線を逸らし、言うのはあまり気乗りしないと言わんばかりの葉琉の態度に、紫桜は少し不満になりながらも溜息を吐く。  このSubが自分の事を最優先かつ、とても大切に思ってくれている事は日々の生活からとても理解しているので、浮気などの心配は一切していない。が、家族とは言え、自分の知らない人物と会ってくるというその事実に嫉妬していた。 「大丈夫。土曜には帰ってくるから」 「…金曜の夜に迎えに行く」 「それは却下だ。…ちゃんと帰ってくるし、叔父に会うだけだから」  紫桜の眉間のシワがグランドキャニオン並に深いのことに苦笑しながらも、自分のDomを宥めるように葉琉は彼の首元に両腕を伸ばす。  抱き着くように手を伸ばせば、当たり前のように受け入れてくれる上司兼パートナー(仮)。今も少し、彼を受け入れるべきではない。と、心のどこかで思いつつも、知ってしまったこの幸福感や安堵感をそう簡単に手放せるわけもなく。  最終的には何も聞かずに何でも許してくれる王様に、心が悲鳴を上げている事に気づかぬふりをした卑猥な天使は、そっと顔を埋めた。  《赤朽葉の朧 終》 ―――――――――――――――――――― 創作Dom/Sub感が強くなってきてるけど、頑張ってみんながよく知っている王道系でまとめたい。

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