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竜胆の暁闇 第26話

 結局進展がないまま時は流れ、師走。上期決算の後から紫桜社長の出張が増え、月5日間程しか日本にいない葉琉。公私関係なく紫桜と行動を共にし、そのたびホテルでおいしく頂かれたのは深く記憶に刻まれていた。 ―Prrrr…  今日は久しぶりに東京本社での大量に溜まった書類整理をしている社長と秘書。葉琉のデスクにある内線が鳴る。 「社長、お客様がいらっしゃっているようですが、いかがなさいますか」 「客?」 「花園(ハナゾノ)様という方です」 「…ここに通してくれ」  仕事をしていた紫桜社長の手が止まり、一気に表情が険しくなる。どうやらかなり会いたくない人物のようだ。内線を掛けてきたインフォメーションに、社長室に通すよう依頼し、受話器を置く。先ほどまで久々に葉琉と邪魔されない仕事環境に上機嫌だった上司が、一瞬にして不機嫌マックスになったのを見て、葉琉は内心溜息を吐いていた。 ―コンコンッ 「はい」 『花園様をお連れしました』  ノックされ、社長室の大きな扉が開く。入ってきたのは、優しそうな雰囲気を持った小柄な女性だった。黒いロングの髪はシルクの様な輝きを放ち、白いワンピースの上から、白いフワフワのロングコートを着ていた。 「紫桜様、お久しぶりです。お仕事先までお邪魔してしまい、申し訳ありませんでしたわ」  にっこりと可愛らしい笑顔を紫桜に向ける彼女。  花園 ステラ 美麗(ミレイ)・セジウィック。イギリスと日本のハーフで、普段はイギリスに住んでいる世界的自動車メーカーのご令嬢である。Domの一族として有名な父の実家であるセジウィック家の、久々に誕生したハイランクの女児として一族からは目に入れても痛くない程可愛がられていた。 「…ああ、お久しぶりです。ステラ嬢」  ぶっきらぼうな言い方になる紫桜社長。どんなに嫌な相手でも、決まってキレイな笑みを浮かべている上司の姿を見ていた葉琉は、意外な物を見たと言わんばかりに目を見張る。 「まぁ、あまりにも冷たいのではありませんの?」 「申し訳ない。早めに片付けておきたい仕事ばかりでね」  嘘だ。今やっているのは事後報告書の確認や、新規で始めた事業のリザルトの確認である。特に急ぐものではなく、今朝、起きてひと言目の言葉が“今日休んでしまおうか”だった。 「少しは(わたくし)に構って下さいませんと、さすがに拗ねてしまいますわ」  可愛らしい笑みでデスクに座っている紫桜の傍に行き、肩に手を少し添える彼女。葉琉の中で何かが燻ぶったが、気のせいだと言い聞かせて自分の仕事に専念した。 「葉琉、悪いがこの書類を営業部に持って行ってくれないか。追加だ」 「……畏まりました」  追い出されるように社長室から出される葉琉。閉じていく扉の中を覗き見ると、彼女が目を細めて紫桜社長の耳元で何かを囁いていた。  そのまま営業部に赴き、休憩がてら秘書室の隣にある休憩室に入る。そこにはコーヒーを片手に一息ついていた副社長秘書の姫野女史の姿があった。 「あら、お疲れ様」 「姫野さん、お疲れ様です」  彼女に手招きされ、そのまま姫野女史と同じテーブルに着く。 「ねね、神代君。今社長室に来ているのって美麗嬢って本当?」 「ええ、そうですけど…」 「そう…」  神妙な面持ちになる姫野女史。何か知っているようだ。 「神代君は今年入社だったわね」 「はい」 「…彼女ね、去年くらいから何回かここにきているから秘書室では有名人なのよ」  大きなため息を吐き、葉琉の顔色を少し伺うように言う彼女。 「彼女って何者なんですか?」 「…彼女はね、噂では七々扇社長の婚約者って言われてるわ」 「え……」  葉琉は、婚約者の陰が一切なかった紫桜社長にまさかあんなキレイな婚約者がいた事にも驚いたが、それ以上に、何も言ってくれなかった紫桜社長に裏切られた様な感覚に陥ってしまった。 「先ほどの彼が紫桜様のパートナーですの?」  葉琉が出ていった社長室は、一気にピリッと空気が凍り付く。 「…貴女には関係なのでは?」 「まぁ、婚約者に対して酷い言い草ではなくて?」 「その話は断ったはずだが」 「セジウィック家の人脈がそちらには必要ではありません事?」  黒く笑う美麗嬢。紫桜は彼女を流し目で睨みながら、仕事を進めていく。  確かに、ヨーロッパ以外の地域では広い人脈を持つ七々扇家にとって、ヨーロッパで有力者として一目置かれているセジウィック家は喉から手が出るほど欲しい繋がりであった。 「…確かに必要ではあるが、なくても問題はない」 「あら、強がって。可愛いところもあるんですのね」  クスクスと笑う彼女に憎悪しかないが、彼女の気分を大きく損ねてしまえばもしもの事がある。家族から溺愛されている美麗嬢は、紫桜の外見と地位、そしてDomとしての存在を心から欲していた。そんな彼女が、あることない事をセジウィック家当主である実の父に泣きつくと、ここまで大きくしたNIIGに何かあるとも言い切れなかった。 「紫桜様、私は貴方さえ手に入れば後はどうだって良いのです。…その意味、お分かりですよね?」 「……」  何かを警告するような美麗嬢に、苦虫を噛みつぶしたような表情で窓の外を見つめる紫桜。  紫桜さえ手に入れば後はどうだっていい。つまり、“貴方の大切な方がどうなっても知りません”という事だった。 ―――――――――――――――――――― やっばい、なんか納得できん。。。 でも悪女誕生w

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