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      第30話

 それから数日後。美智留からのいちご大福を片手に向かったのは、羽田空港。颯士と夏輝、飛結は実家の車で送ってもらうとのことだったので、葉琉はマンションから直で空港に向かっていた。  結局美智留は自分の愚痴を話し、葉琉の気を紛らわせてくれた。最近ホテルのバーテンダーから、知り合いがオーナーをやっているバーのベーテンダーに転職したらしく、北海道から戻ってきたら飲みに来いと命令された。なんでも、オーナーも葉琉の知り合いらしい。会ってからのお楽しみと言われ、誰なのか教えてくれなかった。 「あ、葉琉兄!こっち!!」  相変わらず元気の良い妹である。保安検査場前のコンビニ近くに3人は立っていた。この前見た時よりも心なしかまた身長の伸びたであろう弟は、父そっくりのDomらしいイケメンになっているし、その隣で葉琉に満面の笑みで手を振っている妹も父に似たのか笑っているその笑顔が颯士と瓜二つだった。 「夏輝、さすがにそれは恥ずかしい」  早速3人に近づくと、夏輝が恋人よろしく抱き着いて来る。 「えー、いいじゃん。葉琉兄にこんなに堂々と会えるなんて、なかなかないんだもん」  その事には葉琉も多少の疑問を抱いていた。  家族に会う事を禁止した祖父は、家族の事を本当に大切にしている人間である。よって、颯士や夏輝にも祖父からの監視兼護衛が付いているはずだ。それを知らない程2人もお子様ではない。自分たちの立場を早々に理解し、中学生頃から勝手にどこか行かなくなった2人のことだ。何かあるのだろうが。 「大丈夫だって。今回俺らが兄貴に会うのは、大祖父様も知ってる」 「は?」 「心配しなくても大丈夫だよ、葉琉兄。私と颯兄の誕生日プレゼントで、葉琉兄との旅行が良いってごり押したの」  褒めてと言わんばかりの夏輝。全力で左右に振られている尻尾の様なものが見えるのは、気のせいだろうか。なんにせよ、今回の旅行は祖父公認の元決行されているらしいので、葉琉はこれ以上気にすることをやめた。 「そろそろ自己紹介してもいい?」  そんな兄弟の間に、待ちくたびれたと言わんばかりの表情で飛結が口を開いた。 「ああ、そうだな。オレは神代葉琉。こいつらの兄だけど、色々事情があるからそこは察してくれ」 「もちろんです。初めまして、七々扇飛結です。いつも兄がお世話になっております」  かなり礼儀正しい七々扇社長の弟。社長とそんなに似ていないところを見ると、母親に似たのだろうか。ちなみに、社長の切れ長の瞳やしっかりした顔立ちは父親そっくりである。 「別に敬語とかはいらないよ。2人の友達だろ」 「じゃあお言葉に甘えて。今の話を聞いているに、俺も一緒に行っていいのか?」  真っ当な飛結の感想。さっきの夏輝の話を聞く限り、今回は兄弟だけだが家族旅行に等しいはず。葉琉自身は別に構わないと思うが、単純になぜ?という疑問はあった。 「あー、お前は必要。まぁ夏輝がいるから一緒で暇はしないだろ」 「いやまぁ、暇することはないだろうけど…」 「いいじゃん。旅費は葉琉兄持ちだし、何せ最近忙しい男’sでしょ?休暇がてら行こうよ」  夏輝の強引なリードに、まぁ楽しむか。と考える事を辞めたらしい飛結。夏輝の強引なところも相変わらずらしい。ただ、人の気持ちに敏感な夏輝は、本当に強引な事はしないのでそこらへんがかなりできた妹だと思うが。 「ていうか、金銭感覚は一般庶民のそれだよな。夏輝も颯士も」  そう。大企業の御曹司とご令嬢なのに、金銭感覚は一般人と同じなのだ。葉琉はSubという事もあり、後々実家から離れる覚悟をしていたため徐々に馴らした。しかし、2人はハイランクのDomである。就職したらそれなりの待遇と給料が待っているし、何より颯士は世界トップクラスのグローバル大企業のトップになるのだ。飛結は、金は別に関係ないんだけど。と独り言ちているのを聞いてしまったので御曹司としての金銭感覚を持っているのだろう。 「だって兄貴が金銭感覚変えるからだろ」  思いがけない颯士の発言に、思わず葉琉は訝し気な表情になってしまう。 「そりゃ、俺ら兄弟の中で一番貴族然としてる兄貴が、急に一般人みたいな考え方になって帰ってきたんだぜ?俺らも変わるって」 「別に急じゃ」 「それは兄貴からしたら急じゃないってことだろ。高校に入るまでは飛結と同じで、”北海道に行くならプライベートジェット飛ばせばいい。何ならヨーロッパに行ったほうがいいと思う。”とか言う奴だっただろ。けど、戻ってきたら”高級ホテルの外食なんて、月1の贅沢で十分だ。”なんて言い出してみろ。俺らからしたら久々に会った兄貴がいきなり変わったってなるぞ」  颯士に愚痴のように言われ葉琉はア然とし、飛結は少し気まずそうに顔を背ける。まだ葉琉に抱き着いたままの夏輝は、うんうん。と真顔で頷いていた。  颯士の言う通り、葉琉は叔父夫妻の養子となり飛び級もした1年間の大学院生活などで金銭感覚をガラリと変えた。それは色々あったからなのだが、結論だけ言うと元々“いずれ会うパートナーと協力していく”という考え方から、”Subとして一人で生きていくためには”という考え方の変換があったからである。 「そろそろ搭乗の時間だな。(カニ)を楽しむか」  考えることを完全に放置した葉琉は搭乗案内が始まったのをアナウンスで確認するなり、すべてを切り替えて弟妹、そして飛結もその場に放置し一人で保安場に向かって歩き出した。

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