32 / 87
第31話
4人が到着したのは、北海道は新千歳空港。午後を回ったところで、飲食店はどこも混雑しているようだった。
「葉琉兄ぃ...、お腹空いたぁ」
先程から飲食店の前を通るたびフラフラと入りそうになる夏輝は、不機嫌になりながら葉琉にどうにかしろと言わんばかりに駄々を捏ねる。
そんな夏輝の様子を呆れて見ているのは飛結と颯士。葉琉は呆れてはいるものの、ほとんど会うことのできない実の妹と言うこともあり、どこにいこうか。とお店を探していた。
「あ、なら俺の知ってるカフェに行くか?パスタが美味しいカフェが、札幌の郊外にあるけど」
「パスタッ!」
飛結の提案に目を輝かせた妹に、瞬時に行き先を決める葉琉。一時停止していたレンタカーを札幌に向けて走らせた。
「ここ」
飛結の案内で着いたのは、札幌市内から車で数十分の距離あるヨーロッパ調のコテージ。Foresta del tè と書かれた店の前にある駐車場には数台の車が止められており、それなりに人が入っていることがわかる。扉の前に置かれている黒板のスタンド看板には、今日のオススメやランチ限定などの躍り文句が書かれている。
「これ美味しそう!3種のキノコのペペロンチーノだって!」
「お、いいじゃん。じゃあ俺は木苺のパンケーキセットにすっかな」
「...なんで飯なのに甘いものなんだよ」
目を輝かせて看板を見る夏輝と極度の甘党である颯士。飛結は甘いものがあまり得意ではないと言うこともあり、颯士を”頭大丈夫か?”と言いたげに見ている。
ーカランカラン...
「いらっしゃいませ~」
レトロなベルが来店の知らせを告げる。それを聞いた女性の店員が、サーブする料理を持って3人を視認した。
店内は木漏れ日が優しく、紅茶の香りが心地よさを促していた。木の温もりが気持ちよく、デートにはぴったりな雰囲気だ。
「飛結君、久しぶり。お好きなお席へどうぞ」
白のワイシャツと茶色のカフェエプロンを着た男性の店員が飛結を見つけて声をかけてくれる。にこやかに声をかけてきた男性店員は、さっきの女性店員と同じネームプレートをしていた。
「飛結、あの人たち」
「ああ、ご夫婦。西宮 浩平 さんと若菜 さんっていうんだけど、...一応俺の母方の伯父さんと伯母さんね」
夏輝と一緒に先を歩いていた葉琉には聞かれないように、飛結は颯士へ打ち明ける。兄と葉琉の仲が悪くなっていることを従兄弟 から聞いていた飛結は、この店が七々扇家と繋がりがあることを咄嗟で隠したのだ。
それを聞き、兄の性格を熟知している颯士は無言で飛結と目を合わせ、ひとつ頷いただけだった。
「いらっしゃいませ、お決まりでしょうか」
ニコニコと上機嫌な若菜さんが水の入ったコップを4つ持って現れる。
「じゃあ、3種のキノコのペペロンチーノ1つと、木苺のパンケーキセット1つ。オムライスと、飛結は何にする?」
「鯖と大葉のパスタで」
「あ、あと和栗のモンブランも下さい!」
「モンブラン2つで」
なかなか騒がしい4人だ。葉琉が決まっている注文をし、飛結が自分でメニューを見ながら注文する。飛結が見ていたメニューの裏に書かれていた”期間限定和栗のモンブラン”を夏輝が駆け込みで注文したかと思えば、甘党の颯士が自分の分も押し込んだという感じだ。
「お飲み物はいかがしますか?」
「私ロイヤルミルクティーで!」
「フルーツ・オ・レ1つ」
「また甘いやつかよ...。セイロンをストレートで」
「オレはアールグレイかな」
注文も終え、窓側の席に座っていた葉琉はふと外に目線を向ける。絶頂期を越えた紅葉は徐々に冬への準備を始めていた。3年前のあの日も、こんな感じで散り逝く紅葉をひとり涙を流しながら見つめていた記憶がある。あの時はまさか、あんなことになるとは思いもしなかった。別にオレが何かしたということではない。だが、すべてを話す必要もないと思っている。それにより彼女が傷つくなら、オレは今後も黙っていると思う。
「葉琉兄と旅行なんて久しぶりだよね」
そんな葉琉の回想を、既に来ていたロイヤルミルクティーを飲みながら軽く話しかけて現実に戻してくれたのは隣に座っていた妹だった。目の前に座っている颯士は、何か探るような視線を葉琉に向けている。それに気づかないフリをして料理が来るまで夏輝と話していた。
「ここすっごい美味しかったぁ!また来ようよ、葉琉兄!」
「オレ仕事あるんだけど?」
「葉琉兄だったら大丈夫だって」
相変わらず兄に対してどこか厳しい妹。
「あ、葉琉さん。ちょっと店長に挨拶したいんで、先車戻っといて」
「ゆっくりでいいよ」
飛結が何か思い出したように店内に戻るという。
「兄貴。俺、母さんに紅茶の茶葉買いたいからちょっと行ってくる」
颯士も飛結と一緒に店内に戻っていってしまった。
確かに、父もだが、母も無類の紅茶好きだ。その影響で葉琉も紅茶が好きになったのだから。さっき飲んだアールグレイもかなり美味しかった。
「じゃあ葉琉兄と一緒にここら辺散歩してるから、戻ったらメッセージよろしくね」
夏輝に手を引っ張られて、葉琉は紅葉の中へと小さくなっていく。
「...さっさと話聞きに行くか」
飛結の呟きにコクリと頷き、颯士は店内へと戻っていった。
ーーーーーーーーーー
西宮夫妻は飛結の再従兄弟じゃなくて伯父夫妻でした...
ともだちにシェアしよう!