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第33話
「兄貴...」
葉琉にニッコリと笑顔を見せる浩平と我が道を往く飛結。若菜はゆっくりと自分の席に戻り、瞳に大粒の涙を溜めた颯士はこれ以上ないばかりに目を見開いている。
「見覚えがあると思ったら、2年前の新年会で紫桜の代わりに参加していた西宮夫妻だったとは。...大祖父様がこの旅行を容認した理由がなんとなくわかった。あの人は本当に優しいな」
綺麗な銀杏の葉をクルクルと回し、なにを考えているのかわからないような表情でチラッと浩平に視線を送る葉琉。その姿は警戒心を隠さない猛獣のようである。まるでSubが見せる表情ではない。
「...このままでいいのか?紫桜君とも仲違いしているんだろ?」
「別に仲違いしているわけじゃないですよ。ただ、”似合う人”というのは誰にでもいるでしょ。オレは幸せになるつもりもなければ、いつ死んでも構わないとまで思っている」
「兄貴!!!!」
自暴自棄になっているであろう葉琉は、後ろにいる夏輝が無言で号泣していることも気づかなければ、颯士が泣きながらキレていることを気にしている様子もない。ただ銀杏の葉をクルクルと回し、瞳になにか写っているようでなにも写っていないようだった。
そんな葉琉の様子に危機感を募らせたのか、浩平が動く。
カウンターから立ち上がり、葉琉の目の前に立った。
「葉琉君、なんでそんな考えになったんだい?」
「それを言う必要性を感じませんが。......颯士、夏輝、悪いが先に東京に戻る。車は置いていくから運転は任せた」
それだけ言うと、葉琉は夏輝の肩にポンッと手を置き、振り替えることなく消えていく。
「そんな、どうして...」
夏輝の悲痛な声だけが木漏れ日に消えていった。
「...なんでここに」
一人立ち去った葉琉は今、都内のとある病院の特別個室の前にいた。
颯士たちと別れてすぐ羽田に戻ってきた葉琉。駐車場に停めていた愛車を運転し、無意識に向かった先は彼女のいる病室だった。
ーガラガラ...
広い特別個室には大きなベッドが一つと応接セット。ベッドには波打つ黒髪パーマが美しい女性が一人、無数のコードに繋がれて眠っていた。シルクの白いパジャマを着た彼女は、雪のように白い肌をしている。むしろ生きているとは思えないほど青白いといった方が正しいか。
「...久しぶり、雛 。ずっと来れなくてごめんな」
雛と呼ばれた女性はなにも反応しない。
「...もうどうしたらいいのかわからないんだ。なぁ、また前みたいに話を聞いてくれよ」
ベッドサイドに座り込み、雛の手を強く握る。点滴針をずっと付けている彼女の腕は、多くの内出血痕でいっぱいだった。それを痛々しい表情で優しく擦る葉琉。
ーコンコン... ガラガラ...
「あら、すみません。点滴の交換にきたんですが、いいですか?」
「あ、はい。すみません、大丈夫です」
担当看護師が交換の点滴を持ってやって来た。
「ご家族の方なんですか?」
検温や血圧を計りながら看護師が話しかけてくる。雛の手を握りながら彼女の顔を見つめていた葉琉は、ゆっくりと窓の外に視線を向けた。
「...本当なら、オレがここに寝ていたんです。けど、彼女が、雛がオレを守ってくれた。...別に守る必要なんてなかったのに」
無意識に握っている手に力が入る。
そんな葉琉をチラッとみて、看護師は穏やかな表情をして点滴の交換も始めた。
「...院瀬見さんにとって、あなたはとても大切な人なんじゃないですか?だから彼女はあなたを庇った」
「でも、雛には幸せな未来が待っていた。なのに、オレを庇ったから3年も眠り続けている。それは雛にとって最悪なことに違いないんだ」
病室に少しの沈黙が流れる。聞こえるのは、点滴と交換する音と彼女の心臓が動いていることを知らせる心電図だけ。
窓の外には1羽のカラスが悠然と飛び去っていく。
「...院瀬見さんにとって、あなたはどんな存在だったんですか?」
「......いつもオレの心の支えだった」
「それなら、庇ったことを後悔していないと思いますよ。私だったらそうですから。...庇ってそれで何年も眠り続けようと、大切な人が元気なだけで嬉しいですから」
最後に優しげな笑みを葉琉に向け、”失礼しました”と病室から出ていく看護師。また葉琉1人になる。
東に位置するこの部屋は柔らかい夕日が差し込む。
葉琉は雛の側から少し離れると、若草色のカーテンを閉める。
「...雛、また来るよ」
そして葉琉は病室から立ち去った。
”院瀬見雛”とかかれたネームプレートが掛かっていた特別病室から。
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