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第34話
結局どこにいくでもなく、葉琉は一週間自宅にいた。その間、何度も紫桜から電話やメッセージなどが大量に来たがすべて無視し、必要な仕事だけこなしていた。
「あらぁ、ハル君じゃないのぉ。とっても久しぶりよねぇ」
日常をぼんやりと過ごしていた葉琉は、週末のとある日に行きつけだったバーに来ていた。そこはSubのためのバーで、葉琉と紫桜が複雑な関係になったきっかけとなったバーと同じ種類のものだった。
店内は薄暗く、黒のレースカーテンで遮られたソファ席には、SubがDomにcommandをもらいたくてウズウズしている様子がありありと分かる。
「コノさん、ご無沙汰してます」
バーカウンターに座った葉琉に出されたのは、ストレートの:C.C.(カナディアンクラブ20年)だった。
「よく覚えてましたね、オレの好きなお酒」
少しだけ口角を上げ、綺麗な琥珀色をした液体をゆっくりと丁寧に回す。それを”コノ”と呼ばれた女性のバーテンダーは、懐かしむようにカウンターの中から自分もカクテルを飲みながら見ている。
バーにしては特殊な造りをしているここは、地下へと降りていく階段が存在する。その先に2つのシャワーブースと店内より少しだけ明るいplay専用ルームが5つほどあった。
「今日はやけに人が多くないですか?」
「週末だからじゃないですかねぇ」
相変わらずおっとりなコノだ。しかし、こんなコノだが合気道や総合格闘技などの格闘術を極めた女。人は見かけによらないとはまさに、彼女のための言葉だなと葉琉は何度なく思った。
そんなバーテンダーと沈黙を介しながらも、楽しくお酒を飲んでいる葉琉に後ろにいたSubたちは物欲しげな視線を向けている。本来SubはDomのことを本能で見分ける。しかし、希にDomのようなオーラを持ち、かつ高ランクのSubの場合、見分けるのが困難になるという。この話は都市伝説として有名だったが、実際にはSクラスのSubでもトップ1%未満の確率で起こってしまう実話だった。
「あらあら。説明しなくていいの?」
本物のDomたちがあなたを見て悔しいけど憧れを抱きそうよ。とグラスを拭きながらお茶目に聞いてくるコノ。後ろのソファに座っている数人のDomは、見た感じ高くてもCランク程度の様子。
「...勘弁してほしいな」
そういいながらも、懐かしい目線や感覚にお酒飲む手が止まらない。
そんな葉琉の様子に、クスクスとからかう様な笑みが止まらないコノ。
「すみません。お隣いいですか?」
一人の女性が大きめの胸を強調しながら葉琉の腕に軽く手を触れる。ほんのり漂う彼女のオーラはDランクくらいのSubだろうか。下手したらEランクではないかと思うほど低い。
ここにplayしに来たとはいえ、そもそもSubである葉琉は完全に隠しているとはいえ、葉琉を見知ったコノからしたら嫌悪感がありありと伝わってきていた。
「...すみません、今日は飲みに来ているので。他の方を当たってください」
「えー、いいじゃないですか。失礼しますね」
そういうなり、女性は堂々と葉琉の隣に腰かける。Sub至上主義であるこのお店において、自分が雑に扱われないと思い込んでいる女性に遠慮はない。Domからの酷い扱いはすぐに問題となるが、それがSub相手だとちょっかいを掛けた方が出禁処理されることを知らないのだろうか。
まぁオレのことをDomだと思っている節があるから仕方ないか。
そう思いながら葉琉はコノと目線を合わせる。彼女は了解したと言わんばかりに拭いていたグラスを置き、男性店員にインカムでなにか話した。
「お客様、少々よろしいでしょうか」
コノに呼ばれて来た男性職員は、丁寧に女性に対応する。彼はオーラの通りCクラスのDomで、このランクにしては珍しくかなりイケメンの部類だ。高身長でバーの制服である白のワイシャツと黒いベスト、黒スラックスがとても似合う。
全く相手にしない葉琉からすぐに乗り換え、なにかいいことがあるのかと浮き足立ちながら彼について玄関の方へと向かう女性。玄関と店内を隔てるオートロックの防音扉の向こうへと消えていく女性は、もう二度とこの店に入ることはないだろう。
「よかったんですか?彼女」
「前々から色々と問題があったんですよぉ。彼女のせいで何人ものDomが楽しくもないplayに付き合わされていたんですからぁ」
にっこり笑顔のコノ。しかし、その目は一切笑っていなかった。葉琉が常連だった頃は、面倒なSubの客を葉琉に話しかけさせ、Subである葉琉がクレームを入れることで出禁処理にするということを何回もやっていた。そしてそれを仕掛けていたのがコノである。
「そういえばコノさん、ランク上がりました?前はDとかでしたよね」
「あらぁ、相変わらず勘が良いのね、葉琉君」
バレちゃった。とウインクをする彼女。前はDランクのDomだったコノ。しかし、葉琉は久々に会った彼女がCランクになっていることが一目でわかった。高ランクのSubだからこそ分かるというオーラの変化。葉琉はそのお陰で今、この店内にAクラスという高ランクのDomがいることも把握していた。そして、彼が自分のことを穴が開くほどずっと見ていることも知っていた。
「コノさん、オーナーは来ないんですか?」
「あと15分くらいで来ると思いますよぉ。さっき葉琉君が来てることメッセージしましたもん」
笑顔で報告したことをいうコノ。オーナーに久々に会いたかったからちょうどいいが、個人情報としてそれはどうなんだろうか。と思わなくもない。
ずっと見ているAクラスのDomの視線の中に、好奇心とは別に嫌悪感や少し睨まれている感覚があったため、早くオーナーが来ないかと玄関をチラチラ見ていた。
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ちょっと気に入らない部分あるので、あとで改稿するかもです
葉琉君気を付けてー
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