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第38話
入り口側のソファに座り”道具”を物色する葉琉の後ろ姿を、テーブルに無造作におかれたペットボトルを手にリードは見つめる。
「...葉琉、無理はしなくていいんだぞ」
そんなリードの何かを見透かした一言に、葉琉は盛大に肩を震わせてこちらを振り返った。その顔は”何で知っているのか”その一色で染まっていた。
「お前が初めてここに来たのはもう7年前になるのか。好奇心でここに来たお前は知らない世界に楽しそうにしていたな。けど、3年前にめっきり来なくなった。心配していたら変わり果てたお前が1年ぶりに来た。その時自分がどんな顔をしているのかわかるか?」
スラックスのポケットに入っていた紙煙草を一本取ると、愛用のジッポで火をつける。
「コノは2年前に来たから今のお前しか知らない。お前はいつも笑顔だが、その笑顔の裏に拒絶している時もあった。そんな俺がわからないと思うか?」
”侮るな”と言わんばかりのリード。紫煙を漂わせ、甘い瞳は一転。怯えたような視線を床へさ迷わせる。
「今のお前は俺のGlareで蕩けながらも、どこか拒絶していた。...家族のように大切なSubの悲しむ姿は見たくないんだ」
さっきまで少し強い口調で話していたリードが、最後は呟くように、悲しそうに煙草を吹かす。
思い沈黙が2人を包む。
「...言いたくないなら無理にとは言わない。だが、どこかに吐き出さないと辛いのはお前だぞ」
キーン...
手元のジッポで何となく遊ぶリード。その視線は今にも精神的に崩壊しそうな葉琉に向けられている。
それからどれだけジッポの音が響いていただろうか。裸のままソファに座り込んだ葉琉は体を震わせながらゆっくりと話し始めた。
「...人を好きになってはいけないのに、いつの間にか好きになってしまっていたんです。愛することの恐怖は知っていたのに、また...」
「人を愛することは生きていく上で重要だ」
「...けど、その人が消えてしまわないか不安で堪らなくなる。狂っていたあの時はあんなヤツに酔狂していたけど、今は本当に好きで堪らないんです...」
「ならその気持ちを突き通せ」
「...社長は世界的に重要な立場です。......こんなオレが隣にいて良いわけない」
相変わらず自己評価がカなり低い葉琉。
葉琉の発言にリードは葉琉が誰のことを言っているのかわかった。心当たりのある”社長”が七々扇紫桜であることを知っている彼は、なんてアドバイスするべきか一瞬迷う。
「正直になっていいと思うがね。それとも、その”社長”はそんなに頼りないのか?」
「男としてもDomとしても最高です」
「自分の中で結論が出ているなら、それでいいじゃないか」
無意識のうちに断言していた葉琉。言った瞬間に自分で驚いている葉琉。リードは驚いて固まっている葉琉を見てクスクス笑いながらワインを煽った。
「...やっぱり無理です」
少し固まっていたかと思えば今度は哀愁漂う葉琉。たく...。といつものサバサバな葉琉らしくないその姿に、リードは心配を通り越して呆れになっている。
もちろん。呆れている相手は葉琉ではなく、よく知っている紫桜にだが。
「何でだ?」
「......」
なんとなく分かっているが、あえて聞く。一番答えたくないであろう質問を葉琉が答えてくれるはずもなく、また沈黙が2人を包む。
「...まぁなんだ。急激な変化を怖がるのも、また信じた者に裏切られるかもしれないという恐怖もわかる。もうなにも聞かないから、辛くなる前にここに来い」
そんな優しいリードに、葉琉はいつの間にか大粒の涙を流してうつむく。
入り口付近で床に踞って静かに泣く葉琉。そしてそれを気にしていないような雰囲気で空を見つめて、ただ煙草を吸っているリード。少しして落ち着いてきた葉琉が小さくコクりと頷くのを感じると、リードは葉琉を抱き寄せるために入り口付近のソファに座った。
「ぅわぁ!ちょ、リード」
煙草を咥えたまま葉琉を自分の膝の上に乗せる。
葉琉は飲めと言わんばかりに差し出された水の入ったコップを受け取り口をつけた。思ったよりも自分が水分を欲していたことに少し驚くも、ありがたくコップを飲み干す。
「言いたくないなら言わなくていい。ただ、俺はいつでも聞くし、言いたくなったら言え。迷惑でもないし、逆にその方が嬉しいからな」
「...嬉しい?」
「もちろん。家族に頼られるのは嬉しいだろ」
確かに、颯士や夏輝に頼られると嬉しい。
「さて、Playは今日はもう終わりだ。最近どうなんだ?仕事とか」
葉琉のコップに今度は100%のリンゴジュースを注ぎながら、リードは話を変えた。
「結構楽しいですよ。遣り甲斐のあり過ぎる仕事です」
「周りに恵まれたんだな」
「別に、今までも恵まれてましたよ。実家ではオレが興味を持ったことは全部させてくれる父に、好敵手 として最高に張り合いがある弟。ちゃんと叱ってくれるけど愛してくれている母に、妹はちょっとアホだけど気遣いができて可愛い」
「...それは家族だからだろう」
「......確かに、家族以外の周りは恵まれていなかったかもしれない。けど、それでもよかった」
家族の話になると穏やかな表情になる葉琉。そんな葉琉を見て、リードは葉琉が家族から愛されて育ったことが手に取るようにわかった。
「今のまま、やりたいことをやれ。何かあってどうしようもなくなったら俺が匿ってやる」
「匿われるほど、何もしでかしませんよ」
匿ってやるというリードに、それは大袈裟だと言わんばかりにクスクス笑う葉琉。
リードはやっと笑顔になってくれた葉琉の頭を撫で、少しだけ表情を柔らかくした。
《竜胆の暁闇 終》
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