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第41話
「葉琉!早く行こ!!」
オレは専属護衛2人を連れて雛を本邸に迎えに行った。今日は西の西園寺との会合があり、院瀬見家の主要人物は全員出払っている。
「雛、そんな焦るなって」
「葉琉様、そんなんじゃ雛様に置いていかれますよ」
テンションが既に高い雛を呆れながら宥める葉琉と、そんな葉琉をからかう専属護衛の遠野 。前を歩くもう一人の護衛、桐崎 は元々無口で生真面目なので護衛の仕事に専念していた。
「んで?雛は何を買うんだ?」
「大祖父様って普段お着物じゃない?だから羽織紐 か扇子にしようかなって思ってるんだ」
「やっぱりそういうのになるよな」
「葉琉は?何にするの?」
「江戸小紋の羽織にしようかなって。この前大祖父様に似合いそうな物があってさ」
防弾ガラスで重装備の黒いベンツに乗り込み、オレと雛はプレゼントの話に花を咲かせた。
「けど、絶対みんなもお着物関係な気がするんだよねぇ」
「他にあるか?」
「んー...」
雛もオレと同様、他に選択肢がないのか考え込むだけだった。
「これは、ご連絡頂けましたらお伺いしましたのに」
西の一般出入り口から入って近くのデパコスを雛と2人で見ていると、副支配人が慌ててやってきた。
「大丈夫ですよ。今日は見ながら買う予定なので、私たちだけで回らせていただきます」
「畏まりました。ご用件がございましたら近くのスタッフまでお声掛け下さい」
雛がお嬢様の仮面で対応すると、副支配人は丁寧に低頭して笑顔を見せた。
「さて、雛は何か欲しいのあるのか?」
「リップグロスが欲しいの。何かオススメない?」
「リップはいつもと同じ系統の色でいいのか?」
「んー、いつもと同じのと違うの両方欲しいな」
「りょーかい」
6年前、高校入学と同時に叔父の養子になったオレは、2つ年下の義妹と買い物に行くことが多かった。義妹はメイクやファッション関係にとても詳しかったためオレはそっち方面に詳しくなっていた。
「雛はブルべだもんな。どっちかって言うと冬か?」
「見ただけで分かるの?」
「まぁな。...そしたらこれはどうだ?可愛めピンクでシルバーパール」
「あ!いい!」
テスターを左手の甲に試す。普段雛が持っているリップグロスも可愛めのピンク系が多い。確か前にお気に入りだった口紅もラメ入りのピンクだったはずだ。
「いつもと違うやつなら、これはどうだ?ダークトーンのブラウン。少し重ね塗りしても結構透け感あるからカッコいい系のファッションをするときにいいかもな」
「...ねぇ葉琉。私専属のメイク外商になってよ」
「それは買ってこいって言いたいだけだろ」
葉琉の圧倒的センスと知識量に雛は驚く。思わずスカウトするが、それがいつもの冗談だとわかっているオレは”ハイハイ”と軽く受け流した。
「ほら。次はプレゼント買いに行こう」
雛のコスメも買い終わり、オレたちは今日の目的であるプレゼントを入手するためにデパートのなかを歩きだした。
「良いの買えた!ありがとね、葉琉」
帰りに少し新宿を散策したいと雛に相談され、多少なら。と護衛2人と4人でお昼時の新宿に繰り出す。オレの横を歩く雛は、中央に大きなアンバー が飾られた無双タイプの羽織紐を購入し満面の笑みを浮かべていた。
「さて、そろそろ帰るか」
「えー!もう?」
久々の護衛の少ない外出を満喫している雛は、オレの提案を聞きごねる。
「雛様、大旦那様もご心配されていますよ」
「大祖父様のことなんて知らない!」
どうやら自分を篭の鳥にしたい曾祖父のことを雛は嫌っているようだ。
大祖父様は雛のこと溺愛してるからな。今の聞かせるとショックを受けそうだ。
そんな駄々を捏ねる可愛い従兄弟に苦笑しながら、普段ではありえない一般人の日常を楽しんでいた。しかし、そんな日常は一瞬にして崩壊してしまう。
「っ葉琉!!!」
パァァァン...
現代日本では決して聞くことがない音が鳴り響く。
周囲は一瞬にして喧騒に包まれる。叫声や悲鳴、人々の逃げ惑う声が遠くに聞こえた。
「葉琉様!雛様!!!」
基本無口な桐崎の叫び声。しかしオレの耳には何も届かない。音は一切聞こえず、ただただオレの腕の中で雛がぐったりしている光景だけが目にはいる。今日のために新しく買ったと言っていた白いシャツワンピの胸元は大きく赤く染まり、雛の顔はだんだん青白くなっていく。
無意識に雛の名前を叫び、いつものように笑い掛けてくれない雛を強く抱き締め続けた。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
恐らく遠野が呼んだ救急車が到着したらしい。ストレッチャーに横たわった雛と一緒に、一応検査をするという名目でオレも救急車で院瀬見が設立から手掛けた記念病院へと運ばれる。雛の腹部を貫通した銃弾はオレの左太ももにも直撃していたらしい。雛が撃たれたという事実にショックを受け、痛みを感じなかった。
手術室の前の廊下で遠野たちと立ち尽くしていると、大祖父様を始めとした院瀬見家直系の面々が集まっていた。
ーパァンッ
壁際で立ち尽くしていたオレの左頬が強打される。少しして、目の前にいる大祖父様に殴られたのを理解した。
「あれほど雛を傷つけるなと厳命しただろう!!お前はもう院瀬見の者ではない!!!即刻ここから立ち去れ!!!!!!」
大祖父様の怒号が廊下に鳴り響く。
それを聞いた瞬間、オレの中で雛を守りきれなかったという事実が一気に押し寄せた。周りが大祖父様を宥めているようだったが、オレにはもう何も聞こえない。聞こえないというより、”聞く”ということを脳が拒否しているようだった。何も考えたくなかったオレは縫われた太ももの傷が開き流血していることを神代家に帰ってきた義妹に騒がれて気づいた。
後日、近くのチンピラが改造銃を振り回しその流れ弾であったことが判明した。チンピラは逮捕前日に何者かに殺されて被疑者死亡で事件は書類送検だけで終わった。”雛を傷つけた”という事実がある以上、葉琉の勘当は撤回しないと大祖父様は宣言したためオレは神代家の人間になった。
これが”オレと雛以外が知っている”事件の事実だった。
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含み大量
回想はこれで終了です
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