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      第43話

 4月。遂にやって来た新入社員たち。各部署から1人ずつ指導社員が派遣され、新入社員の指導が行われる。もちろん、秘書課からも一人派遣される。 「神代君、大丈夫そう?」  加賀女史がお土産のチョコを渡しながら声をかけてくれる。曰く、スペインからのお土産らしい。カカオサン○カのパッケージが目に入った。 「あ、大丈夫です。ありがとうございます」  思わず苦笑しながらチョコを受けとる。  加賀女史が心配しているのは今もオレの補助をしてくれている河本室長が、新入社員の指導でオレの補助をできなくなるからである。 「何か困ったことがあればちゃんと相談してね」 「本当にありがとうございます」  相変わらず優しい先輩だ。 「葉琉、頼めるか」  社外に出ていた社長が戻ってきた。所用というか、仕事以外の事ということでオレは秘書室で仕事を片付けていのだが、、、なんか機嫌が悪い。  社長室に入るや否や、来客用のソファにジャケットを投げ捨てデスクの椅子にドカッと座る。いつも優雅で紳士的な社長の荒々しい態度に、オレは戸惑っている様子が表情に出ていないか少し心配になる。  ーPrrrrr... Prrrrr...  ジャケットの胸ポケットに入っていたスマホがソファで鳴る。社長は音源を睨み付けるように鋭い視線を向けていた。ひとつため息をつくと重たい腰をあげるように立ち上がると、今だに鳴り続けているスマホを手に取った。 「...なんだ」  オレが聞いたことのないくらい低い声で出た。  しかし、相手に一言「少し待て」というとスマホをミュートにしオレの方を向いた。 「葉琉、このあとフランスに飛ぶことになった。日本での仕事を1ヶ月後にすべて回してくれ」 「1ヶ月ですか?」 「ああ。最重要相手ができた。イギリスとの行き来になるだろうから向こうの秘書をつける。だから葉琉はこっちに残っててくれ」 「...かしこまりました」  通常、第一秘書が社長の側を離れることはない。なのに1ヶ月もの間別々の場所で仕事をするという。  まぁイギリスにいる第3秘書はティムさんよりも曲者の腹黒だから特に支障をきたすことなどないだろうけど。 「では、スケジュールの調整はこちらで行います。何かございましたら仰ってください」  オレがそれを言い終わると、また不機嫌になりスマホを耳に当てた。それを見届けると、オレは河本室長と今後のことで話があるため秘書課へと向かった。 「Donc vous pensez que vous pouvez le tenir ?(それで、抱き込めそうか)」 『Vous savez que vous me demandez beaucoup, n'est-ce pas ? (無理難題を言っている自覚はあるんでしょ?) J'ai réussi à vous faire entrer pour le voir, donc vous devrez gérer le reste vous-même. (どうにかして面会は取り付けたから、あとは自分でどうにかしてよね)』 「Oh. Merci.(ああ。悪いな)」 『Et n'oublie pas la promesse, d'accord ? C'est pour ça que j'ai travaillé si dur. (それから、”例の約束”忘れないでよね?私そのために頑張ったんだから)』  それを聞いた瞬間、思いっきり紫桜の眉間にシワが寄る。フランス語で会話していた電話の相手は悪戯が成功したと言わんばかりのニヤニヤ声だ。 『Je peux le voir ? Votre conjoint.(ちゃんと見せなさいよ?貴方の大切な彼)』  舌打ちを隠すことなく思いっきり悪態をつく紫桜。電話口の女性はケラケラと笑っている。 『Eh bien, je vous le laisse.Je vais m'occuper d'eux. (まぁ、任せて。彼らは私が押さえておくから。)』 「......」  やることはやってくれる彼女に紫桜の不機嫌は助長される。見返りを求める代わりに依頼されたことは確実に遂行してくれる彼女。それは紫桜が大学の頃から変わらないが、悪戯心はさらに助長されているようだ。  彼女からの見返りに”愛しい彼”と会わせるなど、本当なら全力で拒否したい。と声に出さずとも顔で語っていた。 『Ah, oui. Connaissez-vous le fils aîné de isemi famille ? (あ、そうだ。院瀬見家の長男を知ってる?) J'aimerais le rencontrer.(私、彼に会ってみたいの)』 「Isemi famille?(院瀬見家?)」 『Oui.(そう。) Il n'a pas eu de contrôle depuis trois ans.(彼、ここ3年くらい検査を受けてないんですって。) Je me suis demandé s'il n'avait pas gravi les échelons. (もしかしたらランクが上がったのかなって。)』  彼女のいう”検査”とは、Subが受ける定期検査のことである。高ランクSubになるほど検査の義務は付随する。もちろん、検査結果が公表される訳ではないが、”貴族”と呼ばれる古くから続くお金持ちの家柄の者には同じ貴族たちのSubとDomの情報が暗黙の了解の元、手渡される。院瀬見家の長男が高校入学時に受けた検査では”A”ランクだった。それから4年後、院瀬見家の深窓の令嬢が表舞台に出てくることができなくなった時期から、彼は検査を受けなくなっているどころか、居場所さえ分からなくなってしまったという。 『La Classe S est la nouvelle Classe S, et si vous êtes riche, vous voudrez mettre la main dessus, non ? (Sクラスが新しく誕生したなんて、成金からしたらどうにかして手に入れたくなるでしょう?) C'est pourquoi je me demandais si vous saviez quelque chose à ce sujet, si c'est caché. (だから隠されているのかなって思ったんだけど、何か知っていたりしない?)』 「Ne pensez pas que vous savez tout juste parce que vous êtes japonais. (同じ日本人だからと言い、何でも知っていると思うな)」  同じ日本人じゃなーい。と駄々をこねる彼女。  しかし、確かに気になる。元AクラスのSubがいきなり検査を受けなくなったのも、消息が不明なこともかなり不可解だ。 「... Peut-être que la princesse disparue des eaux profondes est la clé de quelque chose. (...もしかしたら、消えた深窓の令嬢が何か鍵を握っているのかもな)」 『Hmmm, je savais que tu serais d'accord.(んー、やっぱりそう思うわよね) Je vais m'en occuper. Faites-moi savoir si vous trouvez quelque chose. (ちょっとこっちでも調べてみるわ。貴方も何か分かったら教えてね)』  言うだけいうと一方的に通話を切ってしまう彼女。紫桜はため息をつきつつ、葉琉が無意識に入れてくれたコーヒーを口に運ぶ。もう冷めてしまっているが、紫桜が好きな豆で濃さもちょうどよかった。  コーヒーカップを眺め、広角が無意識に上がっていることを気づかずに葉琉をどうやって自分の手元にまた囲い混むか思案するのだった。 ーーーーーーーーーー 登場人物増えてるけど、、、 皆さん大丈夫そう??(;゚∇゚)  

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