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第45話
葉琉へのお土産でかなりの量の茶葉を購入した紫桜。一緒に選んでいたMr.カコールは事前に葉琉の好みを調べていたが、それ以上に葉琉の好みを熟知している主を前にただ関心するのみだった。
それから数日。4月24日の22時。ル ムーリスのペントハウスに紫桜の姿はあった。
〈お時間をいただき、誠にありがとうございます〉
ウイスキーを嗜んでいる一人の男性は、いつも以上に礼儀正しい紫桜に気にも止めず月を静かに見ているだけ。扉の前で控えている老執事は紫桜のためのコーヒーを準備していた。
〈...君が七々扇の新しい社長さんか〉
男性は紫桜と同年代に見える。絹のように美しいブロンドヘアーとブルーグレーの瞳が印象的だ。
〈ほら、こっちにおいでよ。そんな入り口に立ってちゃ話もしずらい〉
月から少し視線を外し、紫桜に視線を流す。口角を少しあげ、目線だけで自分の少し離れたソファへと促す彼。老執事にも促され、紫桜はゆっくりと足を進める。
これまで公の場でしか姿を見ることのなかった彼。冷徹で無表情がデフォルトの彼が意外と悪戯心満載のような雰囲気で少し素が垣間見えた。
〈さて。初めまして、Mr.紫桜。僕はエヴラール・ヴァレリアン・ルモニエ。LemonNier の代表をしてる〉
少し上機嫌の彼、エヴラール。ウイスキーを回しながら軽く自己紹介をしてくれる。
〈NIIG社長の七々扇紫桜です。本日はありがとうございます〉
〈そんな他人行儀じゃなくてもいいじゃないか。僕のことは呼び捨てでいいよ。君とは末永くお付き合いしたいからね〉
ニッコニコの笑顔で少しだけ紫桜の方へ視線を向けるエヴラール。紫桜は老執事の淹れてくれたコーヒーに口をつける。
〈そんなコーヒーじゃなくて、一緒にお酒飲まないかい?〉
〈...では、お言葉に甘えて〉
〈だから、そんな固くなくていいって!もっと砕けてよ〉
新しいロックグラスに透明な氷と琥珀色のウイスキーをトプトプと注ぎながら笑っているエヴラール。満面の笑みを始めてみた紫桜は、思わず目を見開いてしまう。
〈そんなに驚くことかい?なぁ、モーリス〉
エヴラールの斜め後ろに控えている老執事・モーリスは顔の皺を深くしながら満面の笑みで”そうでございますね”というだけだった。
〈じゃあ、早速本題に入ろうか〉
ーカラン...
エヴラールのグラスの氷が動いた。
〈君の目的はセジウィッグを潰すことだろう?まぁ、対外的にはなんだろうけど〉
〈対外的って〉
オブラートに包まないエヴラールの言葉に、思わず苦笑してしまう紫桜。また月を見ていたエヴラールも思わず苦笑している。
〈あのクソ女だろう?僕の方はソイツの妹が来るんだけど、何が悲しくてあんな興味のない身体をくっ付けられなければいけないんだい?僕には愛しい妻と可愛い子供がいるのにね〉
はぁ...。とため息をつくエヴラール。
〈そういえば、今はパリの自宅に?〉
〈いや?ここにいるよ?隣の寝室で長男と一緒に寝ているよ。本当は僕も一緒に寝たかったんだけどね〉
君が来るっていうから、仕方なく先に寝てもらったんだよ。
そんな副音声が聞こえてくるが、なにも言わず苦笑する紫桜。家族を溺愛するエヴラールは家族との時間を第一に考えており、”仕事をしない日”を決めているほど。世界規模で展開するメーカーのオーナーとしては珍しい部類の人間だった。
〈にしても、あのクソ女のせいで愛しい彼を囲えていないんだろう?それは僕たち番を求めるDomからすると危機的状況としか言えない。さっさと囲ってしまった方がいいよ〉
〈......簡単にできたら苦労しないけどな〉
〈あ、それが君の素なんだね。やっぱりそっちがいいね。...で、囲えない理由は?喧嘩でもしたのかい?〉
〈...喧嘩をした訳ではないと思うんだが、なぜか彼が離れていってしまったんだ〉
〈......それはかなり不味い気がするね〉
気を落とす紫桜と考え込むエヴラール。
〈まぁ、結論をいうとちゃんと守りたいなら隠すのが一番だ。秘書として常に連れているなら難しいかもしれないけどね〉
エヴラールの提案を一瞬思案するが、そもそも自由を奪われることを極度に嫌がる葉琉のことだ。隠そうとすると絶対に逃げる。それはもう、脱兎の如く。
〈モーリス、紫桜のグラスも取ってくれ。紫桜、よかったら一緒に飲もう。泊めることはできないが、Mr.カコールであればそこら辺はちゃんと把握しているだろうからね〉
〈俺の秘書を知っているのか〉
〈そりゃね。彼は亡くなった君のお父上の元秘書だろう。Mr.悠迅が生きている時に何度か会っているしね〉
〈そうだったんですか〉
思わぬ繋がりに驚きを隠せない紫桜。
LemonNier といえば何でも作っている総合商社と思われがちだが、実のところ専売特許は自動車のモーターや半導体などといった機械系だ。高級車と言えばベンツと並んでルモニエもあげられるほど。NIIGはどちらかというと電化製品や医療機器、飲食といった総合商社に近いため、特に繋がりがなかったのだ。もちろん、何かしらのパーティや社交界などで会うことはあったが、龍玄や紫桜は特に繋がりを持たなかった。
〈誰とでも仲良くなる父だからこそ、だな〉
〈はは。あの人は面白かったね〉
思わず見た父の影に懐かしく思う紫桜。
そんな彼を見て、エヴラールも自分の亡き両親のことを思い出していた。
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次も二人の密会は続きます
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