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      第47話

〈さっさと話を詰めようか。僕は早く妻と一緒に寝たいし、紫桜も日本に帰りたいだろう?〉  妻が消えたドアをジッと見つめながらお酒を静かに煽るエヴラール。  夜はさらに更けていった。  その頃の日本。朝と呼ぶにはもう遅い時間帯。葉琉は自宅マンションで一人苦手なブランデーを煽っていた。ずいぶん前に七々扇社長が持ってきたものだが、そもそも葉琉はお酒が好きではない。血筋なのか、どれだけ飲んでも酔っぱらうことはないが今はとにかく酔いたかった。    やっぱり俺は要らない人間なのかもしれない。  そんな考えが葉琉を支配する。 ーガチャ  ぼんやりしていた葉琉の部屋に誰かが入ってくる。合鍵は全部回収したはずなんだけどな。 「ちょっと葉琉、生きてるわよね?」  綺麗な美女が葉琉の頬をタッピングして来る。入ってきたのは美智瑠だった。手にはいつものいちご大福ではなく、前に最近お気に入りだと言っていた茶葉のようだ。 「...なんで、ここに」 「そりゃ来るに決まってるでしょ。あなたの弟さんから連絡あったもの。”なんだか嫌な予感がするから見に行ってほしい”って。本当は自分で乗り込みたかったみたいだけど、今は向こうの本邸で毎年恒例の一族で集まっている時期でしょ。だから私が来たのよ」  院瀬見家は年に一度一族全員が旧暦の3月に集まる会が存在する。直系である颯士は自由に行動できないだろうな。 「...別に、来なくてもよかったのに」 「死にそうな人に言われても説得力無さすぎよ。今自分がどんな状況か理解してる?」  慣れない酒を飲みすぎたせいでフラフラなだけだろ? 「そんなわけないでしょ。不安で潰されるのが怖くて自衛のために無意識でお酒を煽ってるのよ。とりあえず病院に行くから準備して。救急車呼ばれたくなかったら大人しくしてよ」  なんでそこまで。 「Sub drop(サブドロップ)一歩手前なのわからないの?だからなにもしたくなくなるし、連絡だって必要最低限終わらせると外界から自分を切り離した。違う?」  葉琉をソファに座らせてリビングに散らばってる酒やごみを捨てている美智瑠。ほとんど聞き取れない葉琉の細い声に答えながら薬の空袋に関しては持ってきたポリ袋に纏めている。 「なんで薬のやつは別にするのって思ってる?そんなの医者に見せるために決まってるでしょ」  呆れながらも葉琉の様子もちゃんと見てくれる美智瑠。彼からみる葉琉はもはや廃人と言っても過言ではないほど気力がなく、死人のように色白かった。  最初葉琉の弟から連絡をもらったとき、美智瑠は大袈裟過ぎると思っていた。確かに最後にみたときは結構憔悴していた。けど葉琉には愛してくれる人がいることを知っていたから多少不安になっているだけで話を聞けば大丈夫だと思っていた。  しかしそれがどうだろう。大親友はSub drop一歩手前。弟が切羽詰まった声で急げと連絡してくるわけだ。  そんなことを思いつつ、弟君が用意してくれた運転手に葉琉のかかりつけ医の住所を送り寝室から葉琉の上着を持ってくる。そして充電は切れていた葉琉のスマホを手にした時ふと思ったことを聞いてみた。 「ねぇ、最後に会社に連絡したのっていつ?」 「...社長が出張に行った翌日...。そのあとは社長が戻ってくるまで有給消化扱いだから大丈夫」  理性はほとんどなくても周りに迷惑をかけないようにしていたらしい。 「そこら辺はちゃんとしてるわよね」 「...だって秘書課の人たちはオレをDomだと思っているから」 「はぁ?!」  思ってもいなかった事実に思わず声を上げてしまう。出会った頃もだったが、葉琉はしばしばDomに間違えられる。それを訂正することはあまりなかったが(面倒だからという理由で)、結局どこかから漏れて葉琉がDomではないといつの間にか訂正されていた。 「面倒だからって訂正しないのはダメじゃない?」 「...別にいいんじゃないか。もうどうでもいい」  これは本格的にやばそう。  そう直感した美智瑠は急いで葉琉を車に突っ込む。そのまま走り出した後部座席で葉琉は外をボーっと眺めているだけでその瞳には何も映っていない。   さすがに心配になった美智瑠は弟君にとりあえずメッセージを打つことにした。  ”葉琉は保護してかかりつけ医に連れていくから安心して。ちゃんと仕事が終わってから来なさい”  秒で既読がつくかと思ったが以外とつかない。そこから察するに今は手が離せないのだろう。30分ほどでついた総合病院。事前に医者に連絡した時、裏手に回るように言われていたので車ごと行ってみるとダンディな中年男性が熟年看護師と共に待っていた。 「安城先生ですか?お電話した佐々原です」 「葉琉君のご友人の方ですよね。お電話ありがとうございます。なにかあれば電話するよう本人には言っていたんですけどね」 「まぁなかなか他人を頼らないですからね、彼」  渋めの安城医師は葉琉がいるであろうスモークガラスで覆われた後部座席に視線を向け、ひとつため息をつく。美智瑠と一緒に苦笑したあとの切り替えはさすがの一言だった。  隣の看護師(看護師長とのこと)が持っていた車イスに葉琉を乗せると、事前に用意していた特別室に葉琉を連れていき安定剤を点滴する。ぼんやりしていた葉琉も徐々にちゃんと会話できるまで回復していた。 「葉琉君、どうして連絡してくれなかったんだい?いつでも頼ってくれと言ったはずだけど」 「......」  ベッドで横になっている葉琉の状態を確認しながら聞く安城医師。しかし何も話したくないと言わんばかりの葉琉の表情に”話したくないならいいよ”というだけに留めた。 「先生、葉琉は大丈夫ですか?」  ずっと付き添ってくれていた美智瑠が病院内にあるコンビニから戻ってきた。  現在の時刻は20時。起きていながらほとんど意識がなかった葉琉は窓の外に視線を向けると申し訳なさそうな表情で美智瑠をみた。 「とりあえず大丈夫かな。でも一週間は様子みたいから入院ね。佐々原君、悪いけど葉琉君の荷物を持ってきてもらってもいいかな?」 「はい。明日持ってきます。それから葉琉、この事弟くんと社長にもーー」 「言わなくていい!!!」  瞬間、点滴を取り替えていた看護師長も様子をみていた安城先生も、そして帰る準備をしていた美智瑠の動きが止まり大きく目を見開いた。 ーーーーーーーーー さーて、なにがあったんかね。

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