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      第53話

 シン…と静まり返る店内。颯士に抱き着き号泣する夏輝と紫桜を睨みつけたまま夏輝を強く抱きしめる颯士。 「......とりあえず、葉琉さんの病室に行きませんか」  その沈黙を打ち破ったのは一番後ろで静かに様子を伺っていた飛結だった。 「兄貴に会いに行くのは俺と夏輝と飛結、それから美智瑠さんだけだ。あんたは絶対に来るな」 「...颯士、葉琉に会わせてくれ」 「ふざけんな!あんたのせいで兄貴は...っ!」  紫桜のことを”あいつ”と呼び、ずっと目の敵にしている颯士。もう前の紫桜を尊敬するような感じは見受けられない。それどころか、大切な実の兄を害するただの悪どいDomとしか見ていないようだった。 「ねぇ弟くん、彼は葉琉にとってただ一人の恋人なの」 「ならどうして今入院してるんだよ!」 「誰だって伝わらない時はあるでしょ?彼が葉琉を愛していることは貴方だって分かってるんでしょ?」 「......っ」  心のどこかでわかってることを美智瑠に突かれ、思わず押し黙ってしまう。しかしどうしても納得したくない颯士は歯を食い縛ってどうしたいいか迷う。 「...颯兄、とりあえずお父さんに連絡するから今は皆で病院に行こう?紫桜さんが葉琉兄を本当は大切にしてくれることは分かってるじゃん」  そんな颯士に夏輝は訴えるように言った。  そこからは一切紫桜の方を見ようとしない颯士と無表情の紫桜。目を赤く腫らした夏輝とそんな夏輝に頼まれて一緒に病院へ付き添う飛結。そして罪悪感満載な美智瑠が案内して葉琉の病院へと向かった。  夏輝からの電話で総合病院の入り口で待っていた父・瑠偉と共に特別病室の前に着く。葉琉には今日もお見舞いにいくと言ったが、まさかこんな大人数で、しかも本人から”言うな”と言われていた人たちと一緒にいるこの状況に、美智瑠は内心戸惑って仕方なかった。 「おや、佐々原さん。今日は大人数ですね」  美智瑠が病室のドアに手をかけようとした瞬間、誰かが声をかけてくる。全員が振り替えるとそこにはにこやかな笑顔を浮かべた安城医師の姿があった。 「とりあえず入りましょうか。恐らくもう起きているはずだからね」  そういい、病室のドアを開けた。  ドアを開けると分厚いカーテンがかかっており、まだ中は見えない。普通に入っていく安城医師の後ろに続くと、レースカーテンに覆われ少しだけ空いている大きな窓の前のソファに座り、何やら本を読んでいる葉琉の姿があった。 「葉琉君、気分はどうだい?」 「安城先生、今日は大丈夫そうでーー...。なんで」  安城医師だけが来たと思っていた葉琉は、顔をあげる前に返事していた。が、後ろにいた人たちの姿を確認すると大きく目を見開く。そして悲しそうな顔で小さく呟いた。 「なぁ、兄貴。なんで嘘ついた訳?」  怒っているような、しかし今にも泣きそうな颯士がソファに近寄りながら悲痛な声をあげる。しかし葉琉は答える気がないのか、本に栞を挟むと静かに美智瑠を見据えて口を開いた。 「...なんでここにお前以外がいるの?」 「っ...。葉琉...」  決して怒りを露にしなかった親友が今まさに怒っている。声を荒げる訳でも、叫ぶ訳でも、暴力を振るおうとする訳でもない。ただ単に何を思っているか分からない視線を向けるだけ。そんな親友の知らない一面を垣間見て美智瑠は狼狽える。 「葉琉君、今はゆっくり休むよう言っただろう?ほら、横になって」  そんな葉琉を落ち着けるように優しくいう安城医師。美智瑠の返事を聞く気がない葉琉はまた手にしていた文庫本を読み始める。いつもは優しい兄がまるで別人なことに颯士や夏輝は驚きを隠せない。実家でおっとりしている長男しか見たことがなかった瑠偉は、2人以上に驚いているようだった。 「...葉琉、話がしたい」  全員が固まっている中、紫桜が一歩前に出て声をかける。しかしそれで現実に戻ってきた颯士が強く反論した。 「あんたは出ていってくれないか」 「...颯士、頼む」  睨まれても正面から颯士を見て葉琉の傍にいたいと懇願する紫桜。しかし全く納得していないだろう颯士は紫桜を睨む。それがこの病室の空気を重くしていた。 「君たちねぇ、ここは葉琉君の病室でーー「いいですよ、先生。気にしないでください」  意外にも葉琉は気にしないらしい。無表情で本から顔をあげることなくいう。安城医師は仕方ない。と言わんばかりのため息をひとつ吐くと葉琉の点滴を変えたりしていた。 「...兄貴、大丈夫なのか?」 「ああ、問題ないよ」  いつもなら優しい表情で答えてくれる兄が視線を交わすこともなく、ただ素っ気なく返事される。 「葉琉、本当にごめんなさい...」  入ってきたままの場所で突っ立ったまま俯く美智瑠は、今にも泣きそうだ。 「...もういいよ。美智瑠、持ってきてくれた?」 「あ、ええ。ノートPCと茶葉とティーカップでしよ。ここに置いといてもいいのかしら?」 「ノートPCはこっちにちょうだい。後で使うから」 「なら、紅茶淹れましょうか?」 「今は大丈夫」  美智瑠にはいつもと変わらない素っ気ない態度の葉琉。話さえしてくれないのではと怯えていた美智瑠は、葉琉が話しかけてくれただけでも嬉しそうだった。 《暗黒の寂寥 終》  

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