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青藤の錯綜 第54話
静かに本を読み続ける葉琉。紅茶を淹れている美智瑠と葉琉の診察をしている安城医師以外誰も動かない。
麗らかな春のお昼時、重苦しい空気が特別病室を包む。
そんな中、沈黙を破ったのはどこか覚悟を決めた表情をした紫桜だった。
「...葉琉」
「どうしたんです、社長」
本に夢中の葉琉は紫桜がベッドサイドにゆっくり歩いてくるのも気にしない。
紫桜が動いた瞬間、颯士が掴みかかろうとするがそれを飛結に止められてしまう。
「...私のせいか」
「なんの事です?それに一人称”私”でしたっけ」
「いや、そこは気にしないでくれ。それより、今回入院した原因は私なのかと思って」
「何を勘違いしているかわかりましたけど、それは違いますよ」
「...違う?」
思っていた返事と違う返答をされ、紫桜は訝しげな視線を葉琉に向ける。もちろん、飛結に押さえられていた颯士も”何言ってんだ”と言いたげな表情で葉琉を凝視する。
「そうですよ。今回の入院は薬の過剰摂取が原因です」
「先生、詳しくお願いできますか」
ニコニコ笑い美智瑠から紅茶を受け取ってソファに座っていた安城医師が助け船を出してくれる。その船に飛び乗ってきたのは父の瑠偉だった。安城医師の向かい側に腰を下ろし、美智瑠からの紅茶を見ることもなく安城医師に視線を向ける。
「失礼ですが...」
「葉琉の父の院瀬見瑠偉と言います」
「お父様でしたか。葉琉君の主治医をしています、安城です」
真剣な表情の父とニコニコの安城医師。
...なんというか、正反対だな。
「それで、葉琉君が入院した原因でしたね。ご家族の方は彼が安定剤を服用しているのはご存じですか?」
「はい。診断検査の時から服用していると思いますが」
「実はかなり薬が効きにくい体質のようで、今は通常一般人が頓服用で持っている強い安定剤を服用しているんです。が、ストレスや我慢を蓄積させ過ぎたのでしょうね。無意識に薬に頼る事が増え、過剰摂取になり今回入院するまでに至ってしまったんです」
主治医の診断に瑠偉は眉間に深い皺を寄せ、夏輝は思わず葉琉に抱きつき飛結は紫桜と颯士を見つめる。颯士は思ってもいなかった診断結果に愕然とし、何の罪もない憧れの人を罵倒してしまったという罪悪感に紫桜を見ることができない。
他の人を気にする事なく本を読み続ける葉琉は、美智瑠が淹れてくれた紅茶を一瞥すると少し笑顔になる。
「...颯士が切れてるってことは、美智瑠が勘違いして何か伝えたんだろ?」
「あー、...そうなの。入院した理由が社長さんとの不仲だと思って」
「なるほどね。けど、社長とは一時期良くして貰ってただけで今は違うから関係ないんだよ」
美智瑠をからかうように何気なく言ったその一言で、紫桜が動く。
美智瑠は気まずそうにソファにいる安城医師のもとへ逃げ、颯士は天然な兄のその発言に呆れたため息を吐き出し、夏輝はなんとなく飛結の後ろへと逃げる。
周りの人がそそくさと逃げていくが、葉琉は”ん?”と疑問に思うだけで1秒後には”まぁいいか”と相変わらずの天然さを発揮していた。
「...葉琉、”一時的”とはどういうことだ」
なぜか少し切れている社長。第一秘書は原因が分からず固まった。
「俺はお前を諦めたことなどないし、手放したつもりもないぞ」
「え、あ、いや、でも」
「葉琉を自分のマンションに戻したのは、お前の意思を尊重しただけで葉琉が俺に恋人であるという事実はなんら変わらない」
「...兄貴、マジか...」
怒りからか少しglareが漏れているが葉琉は戸惑うだけ。自分を委ねる気のないglareには抵抗できる葉琉に紫桜は少し苛立ちが増す。今は少しでも自分のglareで発情する恋人が見たかった紫桜はこのときばかりは葉琉のランクが恨めしかった。
そして紫桜の意図が手に取るように理解できる颯士は、変わらずド天然を発揮している兄にさらに呆れていた。
それは夏輝と父の瑠偉も同じようで、似た顔で同じようにため息をついていた。しかし昔から変わらない葉琉の様子に安心したような表情も垣間見える。
「け、けど、社長は婚約者の方が」
「その"自称"婚約者を片付けるためにフランス出張を捩じ込んだんだ。俺はずっと前から葉琉しか見えていないよ」
「っ...」
フッと笑う紫桜に思わず顔が赤くなる葉琉。視線を反らすとソファでこっちを見てニヤニヤしている夏輝と視線が合い、さらに赤面する。
「葉琉、頼むから俺の傍にいてくれ。四六時中一緒にいたいし、社交の場でも”これは私のSubだ”と自慢したい。今までは面倒な問題もあったし葉琉の意思も尊重していたが、勘違いして去られるくらいならこのまま囲わせてくれ」
ベッドに腰掛け、自分をジッと見つめる紫桜に葉琉は目を見開き硬直してしまう。これまでこんなに真っ直ぐなにかを伝えてくれる人など家族以外は美智瑠だけだった。
それがどうだろう。好きだけど好きになってはいけない人。と思い込んでいた人が今、自分に”傍にいろ”と言っている。
葉琉は嬉しそうに涙をながし、満面の笑みで目の前にいる紫桜に抱きついた。
「っ...!一緒に、帰りたいです」
「ああ、もちろん」
強く抱きつく愛しの彼を嬉しさのあまり押さえきれていないglareと共に抱き締める紫桜。やっと手にいれたと同時に、決して失いたくない、このSubは俺のものだと宣言したいが誰からも隠して俺だけを見ていて欲しいとも思う。
これがDomとしての正しい感情なのかもしれないとどこかで感じていた。
「先生、葉琉は大丈夫なんでしょうか」
「心配ないと思いますよ。彼がいたら薬の量も減るでしょう。...葉琉君、薬をすぐに絶つことはできないと思う。なので徐々に減らしていこうか」
「...はいっ、ありがとうございます」
特段心配しているような様子で聞いたのではない瑠偉は、穏やかな顔でベッドにいる息子とその恋人をみて聞く。安城医師はいつもと変わらない穏やかな笑みで診断を下す。
ほぼ泣いている葉琉は紫桜に抱きついたまま満面の笑みで安城医師にうなずき、そんな大切な兄のとても幸せそうな姿に颯士は嬉しいような寂しいような感情を持て余していた。
「...なんか複雑だよな」
「なんでだよ」
「大事な兄が自分より大事な存在を見つけたんだ。俺も嬉しいけど寂しいよ」
颯士の後ろに来ていた飛結が囁くように話す。彼も実の兄を尊敬しており、嬉しいが寂しい表情をしていた。
ブラコンだなぁ...。と飛結に視線を向けながら思うも颯士は自分も変わらないことを悟りははっ。と少し乾いた笑みを溢した。
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なんかハッピー
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