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第56話
葉琉が退院を許可されたのはそれから1週間後のことだった。それでも安城医師はかなり渋っていたが、本人たっての希望と忙しいながらも時間を見つけては葉琉に会いに来る紫桜を見ていると、紫桜と同棲するのを条件に退院を許可したのだった。
「いいかい、無理は禁物だ。君はまだ危ういところにいることを忘れないように」
「わかってます。ご心配かけてすみません」
「心配はいくらでもかけてくれて構わない。ただ、なにかあったらすぐに連絡してくれ。...七々扇さんも気を付けてくださいね」
「はい、もちろんです」
確実に葉琉のことを信頼していない安城医師。葉琉と話したあと、不安だと言わんばかりの表情で紫桜にも気を付けるように言っている。
「先生、ちゃんと連絡しますから」
苦笑して安城医師に言う葉琉だが、医師はため息を吐くだけで紫桜に”頼みます”とさらに言った。
退院が決まったのは一昨日。紫桜にそれを知らせると”迎えに行く”と確実に言うことは葉琉からすると手に取るようにわかっていた。というか、退院の日時が決まったら知らせるようにと毎日口癖のように言っていたのだ。だから特になにも言わなかった。なのに。
”葉琉、迎えに来た。一緒に帰ろう”
朝一番で病室に来たと思ったら開口ひと言目がこれだ。いつもと変わらぬ平日の真っ昼間であるのに、社長の格好はラフな私服。唖然としてしまったオレは”...仕事は?”とバカ丸出しで聞いてしまった。
”緊急性が高いものは昨日全て片付けた。何かあれば河本が電話してくれる”
だから気にするなというのか?
葉琉の頭のなかは”なに考えているんだ、このバカ”だけだった。
葉琉の荷物を持ってきたボストンバックへと片付けていく紫桜。葉琉はもうひとつの疑問をぶつけた。
「えっと、なんで社長が退院のこと知ってるんですか?」
「呼び方直せって言っているだろう。今はプライベートだ」
「あ、し、紫桜...サン...」
まだ慣れない社長のファーストネーム呼びに少し赤面する葉琉。それを見て紫桜は愛しいと表情とオーラで語っている。
「安城先生から直接メッセージが来てな。どうせ葉琉くんは退院のこと言わないだろうからって」
情報のリーク先は安城先生だったか。てっきり迎えに来てくれるはずだった美智瑠かと思ったんだけど。
「ああ、その夜に佐々原くんからもメッセージが来たな。自分に迎えに来いって言ってたけど、時間があるなら行ってあげてってな」
やっぱりアイツもか...。
あとで締めようと心に決めた葉琉はパジャマから私服へ着替え自分も片付けを始めた。
運転席には真剣にハンドルを握る社長の姿。思わず横顔を見つめてしまうほどイケメンだ。
「俺の顔になにかついてるか?」
「あ、いや...」
見ていたことがバレて恥ずかしい。無意識に窓の外へと視線を逃す。ちょうど赤信号で車が止まると、社長が動いたような気配がした。
「本当にかわいいな」
少し甘い響きの声。普段の”社長”としてではなく、”恋人”としての紫桜がそこにはいた。
そんな紫桜に恥ずかしさが隠せない葉琉。耳まで真っ赤なのは何となくわかるがそれでも隠さずにはいられなかった。
しかし、そんな可愛い恋人を逃すDomであるはずもなく。
葉琉の首の後ろに紫桜の左腕が回って捕まえられたと思いきや、グイッと反対を向かされ我慢しきれていないGlareを漏らしている紫桜の顔が葉琉の目の前にドアップされる。驚きで一瞬呼吸が止まりさらに顔が真っ赤になる葉琉に、紫桜はさらに笑みを深めた。
「えっと、紫桜さん...っ?」
逃げようと後ろへ力を込めるが、さすがにDomには叶わない。そもそもいつ鍛えているのか、紫桜はそれこそプロスポーツ選手並みに体が仕上がっているのだ。そんな相手に、多少筋トレしているだけの葉琉が叶うはずもない。
動けないことでさらに赤くなり焦る葉琉に紫桜はさらに笑みを深めGlareを強める。恋人になった紫桜のGlareに抵抗する気はない葉琉は、自然と受け入れ顔が徐々に蕩けていた。
「...本当に可愛い」
紫桜の瞳の奥に激しい炎を見つけた葉琉は、その光に釘付けになってしまった。
それを見逃す紫桜ではない。葉琉の唇を静かに、ゆっくり、そして丁寧に捕らえていく。
「っ...ん.......んぁ...」
車という密室に葉琉の艶かしい声が響く。
その声に思わず漏れていたGlareがさらに増える紫桜。それを抑える気は更々なかったが、いくら車の中とはいえここは公共の道路上。誰がこんなに可愛らしい恋人のイヤらしい顔を見ていないとも限らない。そう思うと無意識のうちに紫桜は自分を抑えることができた。
「葉琉...」
「ぁ...ん......っん...んぁん...っ」
それでも止めることができない葉琉の唇。逃げるように舌を動かす葉琉。そんな葉琉の可愛い舌を捕らえ絡み付く。自分の領域に引っ張りだし、さらに攻め立てるように吸い付く。それが葉琉は好きらしく、声が少しだけ上がった。
「...くそ、可愛すぎる...っ」
「っ...はぁ...。ここ、車なんだけど」
「ああ、悪い。あとは家に帰ってからな」
「ちょ、オレ病み上がりなんですが?」
そんな言葉を聞いているのか聞いていないのか、上機嫌になった紫桜は丁寧な、それでいて事故らないギリギリで急いで2人の愛の巣となるマンションへと向かった。
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お待たせしました。
また更新がんばります。
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