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      第57話

 2人が着いたのは葉琉が全く知らないマンション。4mを越える白亜のコンクリートブロックで外と隔絶されたマンション内には美しい中庭と裏庭があるらしく、そこは今度紫桜が案内してくれるらしい。地下駐車場からエントランスへ入るとそこには3人のコンセルジュの姿があった。 「七々扇様、お帰りなさいませ」 「ああ」  美しいお辞儀に思わず見とれてしまう葉琉。コンセルジュたちの笑顔が紫桜から葉琉へと移動する。 「ようこそお越しくださいました、葉琉様。我々コンセルジュ一同、誠心誠意お仕えさせていただければと存じます」  少し年配の男性コンセルジュが半歩前に出て葉琉へ挨拶をする。まさか自分の名前を把握されていたとは思ってもいなかった葉琉は自分の名前が呼ばれることに驚き、それが当たり前のようにこちらを見ている紫桜に無言の訴えを起こす。  いったい何がどうなっているんだ。  と言わんばかりの視線を向けられた紫桜は特に気にする様子はなく、当たり前のように宣ってくださった。 「このマンションはSub第一に考えられた物で、セキュリティが以前のマンションより高くなっているんだ。だから今登録してしまいたいんだがいいか?」  えっと、そこじゃないんですがね、社長...。  思わずそんな心の声が漏れそうになり寸でのところで耐える。コンセルジュたちは笑顔をずっとキープしていた。  絶対オレが求めている答えを社長が答えてくれていないことに気づいているくせに...。 「わかりました。何を登録したらいいんですか?」  もういいや。何を説明したらいいのか分かっていない社長に何を言っても意味がなさそう。というわけで、オレは社長じゃなくてコンセルジュさんに聞くことにした。  しかし、 「葉琉、それはさすがに嫉妬するぞ」  ...さっさと家に行きたくて何をしたらいいかコンセルジュに聞いただけですが?  葉琉を少し睨むように見つめる紫桜。無意識だろうがGlareが少しだが漏れている。  たかがベータのコンセルジュと視線を合わせ言葉を交わしただけでこの恋人は嫉妬するらしい。しかも3人とも左の薬指に立派な指輪をしているというのに。葉琉はその事実がなぜかとても嬉しくて、しかしそれを紫桜に知られるのが恥ずかしくてそれを隠すために紫桜に”抱きつく”という手段にでた。 「っ...葉琉?怒ったのか?けど、やっとちゃんと捕まえた恋人が既婚のベータとはいえ他人と視線を合わせて話すのは嫌なんだよ」  葉琉が怒っていると勘違いしている紫桜は抱きついてきた葉琉の頭を抱き、背中をポンポンと宥めるように優しく叩く。  しかし恥ずかしいだけの葉琉は抱き締められているこの体制でさらに赤面してしまう。 「納得しろとは言わないから、ただ俺がそういう男なんだと理解だけはしてほしい」  ギュッと葉琉を抱き締める紫桜。コンセルジュたちはそれを変わらぬ笑みで見守っていた。 「わ、わかりましたから。社長、離してください...」 「口調と呼び方」 「わ、わかったから。離してくれ、し、紫桜...っ」  口調と呼び方は何があっても治したいらしい。抱き締めたこの状況でも即訂正してきた。   自分の腕の中でモゾモゾと恋人が動いたと思えば、若干涙目で真っ赤な顔で上目使いをしてきた紫桜は真剣だった表情を珍しく満面の笑みに変え満足気のようだ。葉琉を離し、コンセルジュの一人に目線で合図した。 「葉琉様、こちらの機械に手を。こちらに瞳を向けて頂けませんか」  女性のコンセルジュが笑顔で葉琉を促す。差し出された機械に手をかざすと、葉琉の指紋と静脈が登録される。そして瞳から虹彩が登録された。 「登録は以上となります。簡単にご説明致しますと、エントランスへの入室に必要なのが虹彩認証と静脈認証、ご自宅に入られる際に必要になるのが静脈認証となります。ご自宅内は全て指紋認証で使用可能となっておりますので、後程ご確認をお願い致します。外出の際もエレベーターを起動させる際に指紋認証が必要となります。エントランスの外出も静脈認証が必要となります」 「...結構セキュリティガチガチなんですね」 「大切なご家族様をお守りするのが我々の務めですので」  笑顔で言い切るコンセルジュ。若干引いている葉琉。それが当たり前だと言わんばかりの表情をしている紫桜。  葉琉が以前住んでいたマンションも虹彩認証と指紋認証が必要だったが、ここまでセキュリティが厳重ではなかった。こんなに必要なのか?と呆れている葉琉とは違い、隣で恋人の腰を抱いている紫桜はもう少しセキュリティが必要だろう。と言いたげな雰囲気を出している。 「これで以上になります。お待たせ致しました」  最後は葉琉ではなく紫桜にいうコンセルジュ。今は誰にいうべきがちゃんと理解しているようだ。  かなり頼れるコンセルジュだというのが最終的な葉琉の彼らに対する認識になっていた。  新しい家に好奇心が隠せずソワソワする恋人を見下ろす紫桜。エレベーターの中で恋人を愛でるようにキスの雨を降らす。そんな甘い紫桜を葉琉は持ち前のツンデレから顔を思いっきり背け、紫桜を避けるようにエレベーターの角へと移動する。 「葉琉、こっちを向いてくれないか?」  キャラが少し変わったんじゃないか?と思わなくもないが、これが社長の本来の姿なのかもしれない。  葉琉はチラッと後ろに視線を向け、紫桜がどんな表情をしているのか盗み見ようとする。 「ツンデレもほどほどにしないと、俺が拗ねるぞ」 「っ...ぅん...」  少しだけ自分を見た葉琉の顔を掴むと、そのまま正面を向かせる。  奪われる唇と甘く漏れ出るGlare。そのまま堕ちてしまいたいと葉琉は思った瞬間、ポーン...とエレベーターが控えめに音を鳴らす。蕩けそうだった自分を持ち直し、逃げるように葉琉はエレベーターを降りた。  その後ろからニタリ顔の紫桜が優雅に歩いたのを葉琉は知らない。

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