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      第59話

 甘い雰囲気が流れるダイニングリビング。紫桜のGlareが全てを塗りつぶしていく。お気に入りのシン・ソファに押し倒される形で横にされた葉琉はそれに抵抗する気はもうない。以前であれば紫桜の恋人と言えどどこか一線を引いていた。しかし今は紫桜が本気で自分のことを好いている自覚がある葉琉は、ちゃんと彼に向き合おうとしていた。 「怖がらなくて良い。といっても、すぐにとはいかないだろうがね」  苦笑を漏らす紫桜。見下ろしている葉琉は既にGlareで脳を蕩けさせているのか、瞳を濡らし頬を染め、薄く開く唇からは熱い吐息が漏れている。 「大丈夫。全てを委ねて蕩けるといい」  キスを降らせると喜ぶように身を捩る葉琉。しかし嫌がっている様子は一編たりとも見受けられない。むしろ触って欲しい場所を放っておかれイヤイヤと顔を左右に振っている。 「葉琉、Speak(話して)。今どんな気持ち?」 「き...もち......?」 「ああ。嫌ならすぐにやめる。良いなら抱き上げてベッドに連れていく」  暗に”喰う”と言ってくるこのDomをどう黙らせようか。一瞬にして正気に戻った葉琉は思わずそんなことを考えてしまう。目の前に見える顔はいつも通り無表情に見えるが、葉琉からすると子犬が捨てられるんじゃないかと戦々恐々としているとしか思えない。  本当、意外と可愛いというか。(ウブ)というか。 「...そんなに、不安...?」    声が少し掠れているのは先ほどまで蕩けていた副作用とでもいうべきか。それを察しているはずなのにこの恋人はオレの喉仏に優しくキスをする。そんな恋人の頭を優しく撫でるオレ。見た目は硬そうな紫桜の黒い髪。しかし、こうやって撫でるとサラサラで気持ちいい。 「不安にもなるだろう。俺のせいとはいえ、一度手放しかけた大切な恋人だぞ。一瞬でも嫌われたくなければ間違いなく死ぬぞ、俺がな」 「...だからそんな子犬なんだ?」 「子犬?俺がか?」 「...違いますかね」  頭に見事なハテナを浮かべている恋人はオレが何を言っているのか本当に理解できていないらしい。”なんのことだ?”という文字が浮かんでいないはずなのに右上に見える。...気がする。 「オレはあなたのことを信じると決めたんですけどね」 「ならそのまま俺の腕の中にいてくれると助かるんだが?」 「具体的には?」 「そうだな。仕事をやめろとは言わないが、俺以外の人と極力会話をせず常に目の届く範囲にいること。それからーー」 「あの、社長さん?それはどうやっても不可能だし、そこまで束縛するなら今すぐにでも逃げますが」  真面目に悩んでいた紫桜は、その話を聞いて若干引いた葉琉をクスクス笑いながら撫でる。 「葉琉の髪は本当に手触りがいいな。絹のようだ」 「...それは社長さんも一緒ですけど?」 「いつまでその呼び方なんだ?」  柔らかい表情でオレの頭を撫でながら言う割に、最後の台詞では瞳が笑っていない。 「...ごめん、紫桜」 「謝る必要はない。その代わり、許可をくれればいい」  そんなこと言わなくて良いのに。  何を聞きたいのかが明確にわかる。だから、その答えも決まっている。 「このままベッドへ君を連れていって良いという許可をくれ」  不安に押し潰されそうな表情をしている紫桜。まだオレが拒否すると思っているらしい。さっきGlareに全く抵抗せず受け入れたのにそれでもダメってことか?  呆れつつ葉琉は可愛い恋人の頭を優しく抱き込む。 「...もう許可はいらないから。オレの全ては紫桜のものじゃないわけ?」 「っ...!葉琉っ」 「ちょ!まっ!ちょっと押さえて!!」  紫桜のGlareは”吹き出す”という比喩では収まらないほど葉琉に襲いかかった。反射的に抵抗しようと意思が、反応するが本能ではこのGlareが危険ではなく、むしろ自分を守ってくれる絶対的な信頼を託していいものだと認識しているらしい。口では抵抗しているオレも素直にGlareを受け入れていた。 「...っ、わかったから。もう、連れてって...。っ...ん。ぅん......」  恥ずかしくて全力で顔を隠したい葉琉だったが両腕を上で一括りにされているためどうやっても顔を隠せないどころか、紫桜から熱いキスをお見舞いされる。閉じていた歯をノックするように舌を沿わせられると、受け入れたくなってしまうのは仕方ないだろう。角度を変え、オレに息をさせないとばかりに強引なキスを仕掛けてくる。しかし、そのどれもが荒々しいがその奥にとてつもなく心地のよい優しさが垣間見えた。 「......ぅお!」  キスで体から力が抜けていた葉琉を軽々と抱き上げ、そのまま主寝室へと向かう。メゾネットタイプになっているこの部屋は主寝室が2階にあり、リビングダイニングの木目調のスケルトン階段から行くことができる。  がーー。 「ちょ、この階段でこれはちょっと...」 「ちゃんと捕まっていろ。大丈夫、絶対落としたりしないから」  そんなキラッキラな満面の笑みで断言されても困るんですけどっ!?  日本の標準的な成人男性が握るとちょうど握れるサイズの手すりは、抱き抱えられているオレからすると死ぬほど心許ない。 「これから一生、葉琉の体に傷一つつけないから」  だから大丈夫。  ...すみません、やっぱり理解できません。怖いです。許してください。   ーーーーーーーーーー 次R入ります 次話投稿予定は3/3or/4くらい目処にしてます。

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