静かに話す悠理。キッチンでは葉琉と杏があれでもない、これでもないとまだ茶葉を選んでいる。 「私の娘は2人いるんだが、一人は今入院していてね。本人と会うことさえできないんだ」 「...それは」 「気づいているだろうが、葉琉がこの家に養子に来ることになった原因の”深窓の令嬢”が長女なんだ」 　さすがにそこまで知らなかった紫桜は、いきなりのカミングアウトで固まる。 「雛(ヒナ)というんだが、誰よりも葉琉に懐いていた。雛があの日、治療室に運ばれた時私と妻もその場にいた。父から勘当されているが、放心している中にどこかホッとした表情になったのが気になった」 「......それでも、娘さんが入院した一因だったのに」 「私も不思議だが、なぜか大丈夫だと確信してね」 　クスクスと笑っている悠理だが、とても悲しそうな表情が見え隠れする。 「けど、葉琉を引き取ってくれてありがとうございます。お陰で私は葉琉と出会えた」 「杏も最初は反対していたが、勘当された葉琉はそのあと何度か死にかけたようでね。残念ながらその理由はわからないが。それもあって杏も葉琉を養子にすることに同意してくれた」 　悲しそうな表情ではあるが、とても鋭い視線で窓の外へと視線をやる。その表情は常に笑顔で物腰が柔らかいが、どこか危険な香りがする院瀬見瑠偉に瓜二つだった。 　まぁ実の兄弟だから仕方ないが。 　しかし、瑠偉よりもなぜか恐怖を感じる悠理に紫桜は悠理を無意識に警戒していた。 「...葉琉はなんで死にかけたんでしょうか」 「さぁ...。調べようとしたが急に情報がなくなってね。兄ですら分からなかったから、もうお手上げで。父ならと思ったが、勘当した張本人だから動こうにも動けないみたいだ」 「動こうとはされているんですか？」 「勘当したとはいえ、葉琉は長男の長男で院瀬見の直系だ。それに、私や兄、兄の次男の颯士君よりも院瀬見らしい院瀬見なんだ」 「葉琉がですか？」 　マイペースで穏やかでかなり天然な葉琉しか見ていないため、悠理の言ったことがピンとしていない紫桜。 　”院瀬見らしい”とは、常に笑顔で冷静で、何に対しても誰に対しても常に仮面を被っている院瀬見の人間のことを指している。一族で会社をやっている訳ではないが、遡れば平安京の貴族だった院瀬見家。血筋はさることながら、院瀬見の直系はあらゆる才能を発揮するということを知らないものはいないほど、常識的だった。 　そんな、いかにも”ビジネスマン”というようなイメージとは似ても似つかない葉琉に、紫桜は首を傾げるしかなかった。 「まぁ、いずれわかるよ。それに、父は厳しい人だが誰よりも家族を愛している。それは葉琉に対しても変わらないようだから」 「変わらない...とは？」 　どこか確信しているような悠理。視線を窓の外からキッチンでお湯を沸かし紫桜が持ってきたお菓子を出しているような愛しい妻と義息子に向けた。 「今日は2人できたんだろう？気づいてはいないと思うけど、父の護衛がついているはずだ」 　かなり前に院瀬見の前当主が葉琉に対して極秘裏に護衛をつけていることを知った。紫桜自身も葉琉に護衛はつけているから、もう前当主はつけていないと思っていたがそうではなかったらしい。 　それよりも。 「よく気づきましたね」 　普段から周囲への警戒は怠らない紫桜が気づけなかったのに、今は一般人として普通に生活している悠理はすぐに気づいていた。そのことに驚いたのだ。 「葉琉も気づいているはずだ。言っただろう？葉琉は私たちよりも院瀬見らしい院瀬見だと」 　笑顔でこちらに視線を向けてくる悠理。確かに前も葉琉は誰の護衛がついているのか見破っていた。院瀬見らしい院瀬見というのは強ち間違いでもないのかもしれないと紫桜は信じられないと思いながらもこちらへ来る恋人に視線を向けた。 「2人でなに話してたの？」 「楽しそうね、あなた」 　自然に自分の隣に座る葉琉に紫桜は愛しさが募る。目の前に座った神代夫妻はラブラブな雰囲気を晒せだし、当たり前のようにキスしていた。その義両親を特に気にした様子もなく、葉琉はいつも通りに紅茶の準備を進める。 「紫桜君が持ってきてくれたマフィンに合いそうな紅茶にしてみたの」 　ニコニコ笑顔の杏。夫のカップにも蒸らしてあった紅茶を注ぐ。そんな妻の腰に腕を回す悠理はそれが当たり前だと言わんばかりの笑顔だ。 「Nice&warmのマフィンか。葉琉の入れ知恵かな？」 　ここのマフィンが大好物な悠理。箱に入った5種類のマフィンを嬉しそうに見ている。 「父さんはラズベリー？」 「気になるからオレンジ&アールグレーにしようかな」 「じゃあ私と半分こしない？私オレンジ&ピスタチオも食べてみたいの」 「ああ、もちろんだよ」 　付き合いたての恋人のように甘い神代夫妻。悠理は当たり前のごとく妻のお皿にマフィンを2種類置く。杏は置かれたマフィンを半分に割り、自分を見て”幸せです”と言わんばかりの顔をしている夫のお皿に置いた。 「紫桜はどれにする？」 「葉琉が食べてみたいのでいいよ」 　神代夫妻を真似て葉琉にいうと、葉琉は目を輝かせてどれにしようか選んでいる。 　本当に可愛すぎるな、このSubは。 　可愛い恋人(Sub)を優しく甘やかしたいが、それと同時に自分の下に組み敷いて啼かしたくなる。 「京ちゃんもいたらよかったんだけどねぇ」 「京さん...ですか？」 　新しく出てきた登場人物に疑問を浮かべる紫桜。 　雛とは異母姉妹の妹だよ。とあっさりいう悠理。杏と葉琉は同時に紅茶を飲んでふぅ...、とひと息ついていた。 「下の娘は雛が入院してから急に家を出てね。院瀬見と完全に独立してしまったんだ」 　少し悲しそうな悠理と杏。葉琉は少し申し訳なさそうな表情をしているのを紫桜は見逃さなかった。 「...そうですか」 　あとで葉琉を問いただそうと決め、紅茶に集中した。 ｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰ メンタル回復させました けどまた消えたらまた現実見たくなくなるかも... Nice&warmのはかき氷屋さんですが、カレーも美味しいですw