73 / 87
第72話
結局夕食まで神代家で食べた紫桜と葉琉が自宅に戻ったのは日付が変わる少し前だった。杏が葉琉と一緒に料理がしたいと言い出し、悠理はワインコレクションから1本開け紫桜と一緒に楽しんだ。
酒豪の悠理に付き合っていた紫桜は珍しく酔いが回っているようで、顔が赤くなり目が少しトロンとしている。そんな紫桜を見るのが初めてな葉琉は運転しながら赤信号になる度に助手席の恋人の顔を盗み見ていた。
「...そんなに見られると、さすがに我慢が効かなくなるんだが」
「っ、気づいて...」
「大切な恋人のことならなんでもわかるさ」
ニタリ顔で顔を近づけてくる紫桜を葉琉は優しく微笑んで受け入れる。助手席から伸びてきた手に捕らえられ、唇を食べられる。食べられるというよりは啄まれているのが正しい紫桜のキスが物足りない葉琉は、自分から紫桜の唇に噛みついてみた。
「っ...やってくれる」
「んぁ...ぅ...」
いつもよりGlareの制御が甘い恋人からの攻撃に思わず屈したくなる葉琉。自分でもわかるほど勃起し後ろを触ってグチャグチャに犯してくれるDomのことしか眼中になかった。
「葉琉、もう少し運転だ。stop 」
「っ...」
無意識のうちにキスをしてくる可愛いSubを悪戯心満載な笑みで制する。commandを本能から欲していた葉琉は今一番欲しくないcommandに抵抗したくなるが、何よりもこのDom から与えられたcommandには逆らいたくなかったため大人しく運転に戻る。
隠す気が全くない葉琉は全力で不貞腐れていた。
「本当に可愛いな、俺の恋人は」
助手席では満面の笑みで葉琉をずっと見続ける酔っ払いの紫桜。葉琉はさっきまでの疼きより苛立ちの方が大きくなっているのが何となく分かった。
「こっちを見てくれないのか?」
「運転中なんですが?」
「少しなら大丈夫だろう」
「...酔い過ぎですよ、社長。いい加減にしてください」
紫桜が悪戯で漏れ出ているGlareに全力で抵抗する葉琉は、全く誘惑されない。しかし拒否したくないGlareだったがために自分の何かが冷えきり、闇に引き摺り困れそうになっている感覚に陥る。それに気づかないクズ は助手席でさらにGlareを強めていく。
「......っ、葉琉、すまなかった」
赤信号に止まった瞬間紫桜が放出していたGlareを完全に霧散させ、葉琉を包み込むように抱き締めた。
「...クズですね、」
「ああ、本当だな。どんな状況でも葉琉だけは守るつもりだったのに、その俺が葉琉を傷付けるなんて」
本当にすまない。と苦しいくらい強く抱き締めながら謝ってくる愛しい人に、葉琉は冷めきりそうになっていた何かが徐々に熱を取り戻していくのが分かった。
「...今日の夜はなにもしないで抱き締めてください。それで許します」
「もちろん。...朝になっても離したくないだろうがな」
頭の上でクスクス笑う紫桜に思わず釣られて少しだけ笑みが溢れる葉琉。二人を乗せた車は順調に新居であるマンションへと滑り込んだ。
紫桜と葉琉が仲良くした翌日の昼間。京都は洛北にある西園寺本家の敷地内にある別邸で長男・西園寺篤孝 が一人の女性と会っていた。
「情報ありがとうございます。まさか弟がそこまで無謀だとは思いませんでした」
「...いえ」
締め切った部屋で煎茶を優雅に嗜む篤孝。腰まである黒のロングヘアーが印象的な女性・ミカゲは目を伏せて微動だにしない。
「...悟らせずに処理するしかないか...」
「悟らせずに、ですか」
「父にバレるとまた内々に処理してあの弟は野放しですから」
ニコニコの篤孝。しかしその瞳は怒りに燃えている。
世間体を何よりも重要視している西園寺家当主・承孝 氏は、茶道の鬼才である次男を守るため何かあってもいつもその権力を使い音沙汰無しとしていた。それをこれまで傍観していたこの長男は、遂に父と弟を処理することを決意したようだ。
「...そう簡単にいきますか」
「さぁ、それは協力者次第です」
「協力者、とは?」
「あなたに動くよう指示している人物です」
「......なんのことでしょう」
無反応で惚けるミカゲ。しかし動揺を隠しきれていないようで、篤孝は瞳を三日月型にしニヤァ...とかなり不気味な笑みを浮かべた。
「わかりますよ。情報屋でもない無名のトレーダーが、どうやって葉琉さんの誘拐というまだ誰も掴んでいない情報を持っているんです?紫桜さんでさえ知り得ていないのに」
あの人が最愛の恋人のそんな一大事な情報を見逃すはずないだろ。と呟くと同時にミカゲへの視線をさらに鋭くする。
ミカゲは冷や汗が大量に背中を伝うのがわかるが、それを悟られないよう黙るのが精一杯のようだ。
「まぁいいです。とりあえずあなたに情報を与えているその人に伝えてください。”協力しませんか”と」
「......」
「ああ、その人というのも分かりづらくて面倒ですね。なんと呼べばいいです?」
「......」
一切反応しないミカゲとは裏腹に、篤孝は実に楽しそうにいう。
「ほらほら。もう諦めてください」
笑顔の篤孝。新しく煎茶を淹れながら軽くいう。しかしその笑顔は笑っておらず、表情の変化に敏い人が見れば怒り一色なのがわかる。
「...ではKと」
「Kさんですか。アルファベットということは外国人ですかね?まぁその可能性はないと思いますけど」
ミカゲから反応を見て日本人であることを突き止める篤孝。無反応を装っているミカゲはまさかここまで読まれるとは思っていなかったので徐々に動揺が表に出ているのではと焦っていた。
「それじゃあ、私はこれで。これから完全に私側の人に連絡を取ってどうやって父を引き釣り下ろし弟を処分するか決めなくてなりませんから」
忙しくなるなぁ...。と深いため息をついている篤孝。煎茶を一気に煽ったと思ったらすぐに立ち上がり和室の障子に手をかけながら一言。
”くれぐれもKさんによろしくお伝えください”
一切笑っていない瞳に戦慄を覚えながらも、ミカゲは西園寺本邸を誰にも悟られずに去った。
ーーーーーーーーーーーー
意外と黒くて時期を狙っていた篤孝さん
紫桜のクズ男が少し片鱗見せちゃってすみません
ともだちにシェアしよう!