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      第76話

 時刻は21時半を少し過ぎた頃。松涛の七々扇家別邸には疲れ果てた七々扇社長と第一秘書がダイニングテーブルで紅茶を飲んでいた。 「そんなに疲れてどうした」 「...一応引退した会長には分からないと思います」 「これでも社長職を経験したんだが?」  険悪ムードな祖父と孫。二人の秘書は呆れつつため息を吐きながら紅茶を嗜んでいた。  一瞬葉琉と社長室でいい雰囲気になった紫桜としては、すぐにでも愛の巣に恋人を連れ込みたがったがそれを肝心の恋人が全力で拒絶した。そのストレスを松涛に招いた祖父へぶつけているようだった。 「お疲れさまでございまず、神代さん。ご無理をなさったとか。大丈夫でございますか?」 「ご心配をお掛けして申し訳ありません、Mr.ウェストン。もう大丈夫です」 「ご無理はなさいませんよう。大旦那様も心配しておりましたから」 「...気を付けます」  ニッコリ笑顔のMr.ウェストン。その一切変わらない笑みに若干気圧されてしまう。  その間も続く祖父と孫の言い争い。 「お祖父様には関係ないでしょう。それに、今日は葉琉と早く帰宅したいんです。なのにわざわざ寄ったんですから小言はなしにしてください」 「言いよる。先週から来いと伝えてあったはずだが?それを無視したのはお前じゃろ」  会長は語尾に"お前が悪い"と言いたげな余韻を漂わせる。それが余計紫桜にとっては癪だったのだろう。いつもは大企業の社長・御曹司に相応しい立ち居振舞いをしている彼が、チッ。と小さく舌打ちしたのだ。そんな悪態を初めて見た葉琉は、目を見開いたあと腹を抱えて笑ってしまった。 「...葉琉?」  そんな恋人を訝しげに見たかと思えば小首を傾げる紫桜。会長も一瞬目を見開いたかと思うと、眉を八の字にして優しいお爺ちゃんになっていた。  泣く子も黙る天下の七々扇会長とは思えないただの好好爺(こうこうや)だった。 「っ...、いえ、社長でも舌打ちするんだなと...っ」  笑いが堪えられていない葉琉は吹き出しそうになっている。 「俺だって舌打ちくらいするさ。...それより葉琉、また呼び方が変わっているぞ」 「ちょ、今は」 「今はなんだ?仕事中ではないし、仕事関係の人もいない」  ここには家族しかいないが?まだなにかいうのか?  視線でそう言われているのがありありと分かる。だが、恋人の祖父とその執事が目の前にいるのだ。葉琉的には恥ずかしくて呼び捨てなどできない。 「葉琉君、名前で呼んでやってくれ。二人の時はそう呼んでいるんだろう?」  もうバレているから気にするなと言われているようで葉琉はこの会長の情報網は侮れないと改めて感じていた。 「...わかりました。紫桜、さっさと夕食を食べよう。明日はこっちで朝から面会があるんだろう?」  ダイニングの外で数人が動く気配がさっきから感じられていた。恐らく用意してくれた軽食だろうと辺りをつけた葉琉はダイニングのドア付近に気配を消して控えていた執事に目配せした。執事は心得たと言わんばかりにドアを開け、軽食を運ばせる。  その一連の様子を見て、龍玄氏と紫桜は葉琉があの院瀬見本家の人間なんだと改めて感じていた。その様子は上に立つもののソレだったから。 「軽くとのお話でしたのでチーズリゾットをご用意致しました」  紫桜と葉琉の前には湯気が美味しそうに漂うチーズリゾットが。彩りにパセリが散らされ、小皿に盛られた八当分にされた茹で玉子とエビがトッピングされたサラダも付いている。飲んでいたセイロンティーとも合うように味付けが調整されたリゾットを葉琉は目を輝かせて食べ始めた。 「...明日、か」  しかし紫桜は難しい顔をしてリゾットを見つめている。それはさっきまで好好爺だった龍玄氏とMr.ウェストンも同じである。 「...いかがなさいましたか」  そんな3人に葉琉は思わず食べるのをやめる。 「......明日来るのはな、マルティネスの社長だ。何かと裏との繋がりがあると言われているが特に証拠がなくてな。今回は日本へビジネスを進出させるとかで来日しておる」  重い口を開く龍玄氏。 「本当は手を貸したくはないがただ門前払いにしては、な。マルティネスはファッションブランドを世界に展開しているアパレル企業だ。その面だけ見れば健全だ」  だから余計にただ邪険にはできない。  そう言いたげな紫桜。NIIGもファッションブランド部門は存在する。手を組まないにしても、”お茶をしよう”と気軽に誘ってくれた相手の好意ともとれる誘いを無下にはできなかった。 「できれば無視したかったがそうもな。それで悪い噂が出ても困るのだよ」  大きなため息を吐きながらMr.ウェストンが淹れてくれる紅茶で気分を紛らわせているようだった。 「まぁそういうことだから、明日は先に出社してくれ。こっちが片付いたら俺も出社する」 「...同席するが」 「いや、葉琉を会わせたくない」  強い視線で断言される。ダイニングテーブルを挟んで向かいに座っていた龍玄氏も”葉琉君は先に出社して紫桜がいなくても大丈夫なようにしてほしい”と笑顔で言われた。 「...かしこまりました。先に出社します」  納得していないが仕方ないとため息を吐くと、葉琉は2人に向かって小さくお辞儀した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー やっと推敲終わりました お待たせしまして本当にすみません(・・;)

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