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第84話
「さっさと挨拶を終わらせて帰ろう」
もう耐えられない。と言わんばかりの視線と声音に葉琉は思わず苦笑するのを止められない。いつもは仕事と割り切って外面だけは魅惑の社長を演じているが、自分が隣にいるだけでこうも変わると思うと、葉琉は少し優越感に浸っていた。
「そんな不機嫌にならないでください。一応仕事として参加しているんですから」
「…知ったことか」
完全に不貞腐れてしまっている。葉琉は紫桜に話しかけようと遠巻きに様子を伺っていた医学会に繋がりのある政財界の連中も、どうしたものか。と内心焦っているのが手に取るように分かった。
「これは。お越しいただきありがとうございます、七々扇社長」
「お久しぶりです、藤崎医師会長。蕗乃 夫人も相変わらずお綺麗ですね」
「ありがとうございます、七々扇社長。相も変わらずお上手です事」
「本当の事を言ったまでですよ」
藤崎会長に声を掛けられ一瞬で仕事モードになる紫桜。その切り替えにさすがだと感心しつつ、葉琉も実家で鍛えられた当たり障りのない笑みを浮かべる。
初老の男性である藤崎会長は白髪が少し混じっているものの、それが紳士的な雰囲気を助長させている。対する蕗乃夫人はまさに美魔女が似合う黒髪ロングが美しすぎる女性だ。
「七々扇社長、ご紹介頂いても?」
優しい笑みのまま葉琉に視線を向ける藤崎会長の瞳は、興味好奇心にあふれていた。
なんせこれまで女の陰どころが、男性パートナーの陰さえ一切見せなかった七々扇社長が、愛しそうに隣に立つSubに視線を向け、なおかつ周囲へ牽制とばかりに睨みを利かせているのだ。
…まぁオレの事をDomだと思っているんだろうけど。
「彼は神代で、私の秘書兼婚約者です」
「まさかの婚約者さんでしたか。これは周囲が荒れますね」
満面の笑みで葉琉の腰に回している手に力を入れる紫桜。そんな幸せそうな七々扇社長の見たことのない一面に一瞬驚くも、藤崎会長は苦笑しながらそういう。
その事は紫桜も想定しているようで一緒に苦笑していいた。
「そうですわね。自分の方がDomを満たせるというアホなSubはどこにでもいらっしゃいますもの」
「そういうのが湧かなければいいのですが」
妖艶な笑みでサラっと毒を吐く蕗乃夫人。紫桜は鬱陶しいと言わんばかりの表情で葉琉の髪に軽くキスを落とす。
「あらまぁ、見せつけられちゃいましたわね」
「なら私たちも早く帰ろうか」
紫桜の惚気に当てられ藤崎会長も魅惑の妻にキスを落とす。そんな夫のキスを妖艶な笑みで優しく受け入れる蕗乃夫人を見て、葉琉は自分もああいう風にどこでも彼からの愛情を受け止められるのだろうかと少し不安に駆られた。
「そういえば藤崎会長、副会長の件はどうなりましたか」
そんなラブラブな雰囲気を紫桜の小さくした声音がぶち壊す。
「…別室でも?」
「ええ、もちろんです」
一瞬にして殺伐とした雰囲気になった藤崎会長。蕗乃夫人はそれを感じ取るや否や、近くにいたバンケットスタッフに声を掛けあらかじめ用意していた別室へ橋本副会長を呼んでおくよう伝えている。
「…葉琉、できれば先に帰って欲しいんだが」
「構いませんが、私はあなたの第一秘書です。どうなったかは後日ちゃんと教えてくれますよね」
「ああ、それはもちろん」
少し迷いながら聞かせたくないという紫桜。葉琉は秘書である以上今後どうするかを知る必要があるが、今聞く必要はないと思い特に反論することなく引き下がる。
「それじゃあ先に戻ってますね、社長」
「ああ、また後で」
申し訳なさいっぱいの恋人に葉琉は社交界での張り付けた笑みではなく、優しさに溢れた笑みで会場を後にした。
「これは当てられましたな」
そんなまるで別人の帰り際の葉琉に藤崎会長夫妻も優しい笑みを浮かべた。
「それで、今後の事を聞かせていただけますか」
紫桜の一言から始まる。懇親会が開かれているホテルの一室。そこにいるの紫桜と当事者である橋本副会長の次男、海晴 と橋本副会長。そして藤崎会長の4人がいた。
「私個人としては、殺したいくらいです」
そう冷静に見えて心底キレている海晴。特に表情を変えることなく父の隣に座っている。
「殺したとして、何が残る?」
「恋湖 の名誉は守れます」
「それで君の大切な人が傷つこうとも?」
「……」
少し眉を顰めて歯を食いしばる海晴。隣に座っている橋本副会長は顔を顰め、一人掛けソファに座っている藤崎会長も深刻そうな顔をしている。
「七々扇家の立場でいうと、こちらに被害がなければ特に口出しはしたくないというものです。しかし、個人的には協力したいと思っています」
「…そうですよね。あの西園寺に表立って敵対したくないですよね」
紫桜の考えに海晴は打ちのめされているようだ。
色んなところに太いパイプを持つ西園寺を表立って敵対すると、確実に色々なところから締め出される恐れがある。それをここにいる全員が理解しているからこそ、紫桜の言い分に特に誰かがネガティブな反応することはない。
「とりあえず裁判をするもしないも、準備をすることは重要だ。情報収集を続けよう」
藤崎会長が冷静に今後の方針を決める。七々扇家としては裁判を容認もしなければ否定をしないという事を受け、自分たちの今後が危険に晒されようとも裁判をすると意気込んでいる海晴に諭すように話す。
「…院瀬見家にも後ろ盾になっていただければと思っていたんですけどね」
「…‥院瀬見?」
海晴の呟きからまさかの家名が出てきて紫桜は素の反応をしてしまう。
「噂の域をでないんですが、院瀬見家の消えた長男は西園寺の次男と何か因縁があるとか。院瀬見家があまり西園寺家と繋がりを持たないのはそれが原因なのではないかと言われているんです」
「…長男と?」
橋本副会長の話に紫桜はさらに眉を顰める。これまで聞いたことのなかった自分の恋人の知られざる過去に触れた様な感覚になっている紫桜は、家に帰ったら聞き出そうと決めた。
「院瀬見家にも協力してくれないか打診してみよう。海晴君、くれぐれも先走らないように」
「……はい」
藤崎会長が締めてくれる。釘を刺された海晴は俯きつつ、今は耐えるべきだと分かっているのだろう。膝の上で拳を強く握りしめていた。
――――――――――
……大変申し訳ないです。
不定期どころの投稿ではなく、マジで期間開いちゃいました。
そして藤崎会長と橋本副会長の名前もミスってました…。
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