6 / 163

第一章・6

「お前のせいで落したぞ。10万もするハサミを」 「10万円!? 何でそんな高価なハサミなんか持ってるの!」  店に行って、髪を切るハサミをくれ、といったら、美容師の使う本格的なものを勧められた、という。  いざという時には頼りになるが、こういう世間の常識というものに、とんと疎い兄・瑛一だ。  驚きと困惑、迷惑な気分の他に、呆れと笑いが惠の胸の内に湧いてきた。  だが、肝心な本題をつきとめない事には、髪を切られてしまいかねない。 「どうして突然、僕の髪を?」 「うん。以前、二人で買い物に出たことがあっただろう」 「それに何の関係があるのかな」 「そこを見られた。俺の女に」  目を大きく見開いた惠に、瑛一はただ淡々と話す。  手にしたハサミを、しょきしょき鳴らしながら。  要するに、少女のような弟と歩いているのではなく、別の女とデートしている、と思われたのだ。この兄は。  買い求める品も所帯じみた雑貨ばかりだったので、これはもう同棲でもしているのだ、と勘違いされたらしい。

ともだちにシェアしよう!