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第一章・6
「お前のせいで落したぞ。10万もするハサミを」
「10万円!? 何でそんな高価なハサミなんか持ってるの!」
店に行って、髪を切るハサミをくれ、といったら、美容師の使う本格的なものを勧められた、という。
いざという時には頼りになるが、こういう世間の常識というものに、とんと疎い兄・瑛一だ。
驚きと困惑、迷惑な気分の他に、呆れと笑いが惠の胸の内に湧いてきた。
だが、肝心な本題をつきとめない事には、髪を切られてしまいかねない。
「どうして突然、僕の髪を?」
「うん。以前、二人で買い物に出たことがあっただろう」
「それに何の関係があるのかな」
「そこを見られた。俺の女に」
目を大きく見開いた惠に、瑛一はただ淡々と話す。
手にしたハサミを、しょきしょき鳴らしながら。
要するに、少女のような弟と歩いているのではなく、別の女とデートしている、と思われたのだ。この兄は。
買い求める品も所帯じみた雑貨ばかりだったので、これはもう同棲でもしているのだ、と勘違いされたらしい。
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