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第一章・16
「キスってさ、もっとこう。映画なんかではさ」
独りでぶつぶつ声に出しては、ここにはいない兄を呪う。
目を閉じると、瑛一とのキスを思い出す。
僕を食べちゃってもいいよ? なんて、挑発的なことを言わなければ兄とキスなんかしなかっただろうに。
キスの時は目を閉じろ、なんて、妙な注文をつけなければ、あんなに深いキスにはならなかっただろうに。
自分の咥内を探る、瑛一の舌の感触。それが、やけに生々しかった。
あの体温、あの厚み、あの弾力。
惠は瑛一の舌に、ひどく異物感を覚えていた。
初めてのキスにのぼせるどころか、妙に頭の中はクリアに冴えていて、兄を観察している気すらしていた。
そして最後に。
『今度は、煙草吸わないでね!』
「あるのかなぁ、今度が」
自分で言っておきながら、今では不安が胸を浸す。
想像していたよりも、ずっとずっと現実的だったキス。
甘酸っぱくもなければ、ロマンチックでもなかった。
今度も同じ気持ちになってしまうのなら、兄さんとキスなんかしたくない。
兄さんの事を嫌いになってしまいそうな、キスなんかしたくない。
「兄さんの……、馬鹿……」
惠はそのまま、とろとろと眠ってしまった。
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