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第二章・18

 瑛一の唇が、惠の口を塞いだ。  ゆっくりとその柔らかな肉を吸い舐め、食んでは舌で歯列をなぞった。  だらん、と下がっていた惠の腕はいつしか瑛一の体にまわされた。  咥内を蠢く兄の舌に併せて、その舌は踊った。  目を閉じている惠の耳には、衣擦れの音と瑛一の呼吸の音が。  そして自分の鼓動の音とが、やけに大きく響いていた。  そっと離れた二人は、どちらからともなく歩き始め、白い息を吐きながら話した。 「殺し文句は一流だな。それは誰かに教えてもらったのか」 「殺し文句? 僕、何か言ったかな」 「……天然のタラシか」  そうして再び、惠の部屋へと戻った。  惠はタイマーの切れたエアコンを操作し、室内に温かな空気が甦った。 「兄さん、お風呂使ったら?」 「いや、俺はもう寝る」  僕は入るからね、と惠は部屋に備え付けてあるバスルームへ向かった。  藤堂邸の個室は広い。  ちょっとしたマンション並みの設備が整っているのだ。 「あ、でも今夜は大浴場使わせてもらおうかな。兄さん、どっちがいいと思う?」 「くだらない事で悩むな。好きにしろ」  はーい、と惠は笑顔になった。  こういった、他愛のない会話が好きだった。  独りでは絶対に味わえないぬくもりを、兄は贈ってくれるのだ。

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