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第五章・3
「ほら、ヘルメット」
「え? あ、うん」
真新しいヘルメットだ。
兄の手には、もうひとつヘルメットがある。ということは、タンデム専用のメットだ。
(他の誰かも、乗せてたのかな)
「ウケなかったな」
「え?」
「バイクの事だ。お前は驚いて喜ぶと思ったんだが」
「え、あ、ううん! 凄く驚いた! 驚いちゃって、声が出なかったっていうか。カッコいいね、バイク!」
入手経路が訳ありだろうが、過去に誰が後ろに乗ろうが、バイクのカッコよさ自体は変わらない。
惠は素直に興奮していた。
そろりと瑛一の後ろにまたがり、その腰に腕をまわして体を密着させる。
エンジン音と振動が、メットを通して伝わってくる。
ぐん、と単車は駆け出した。
前が見えない惠は、もうひとつ瑛一にしがみつくと、兄の脇越しに何とか顔を前に突き出した。
(すごい……!)
街の公道で、たかだか時速50㎞前後のスピードだ。
それでも、バイクでの走りは惠を夢中にさせた。
アイスクリームショップに到着しても、しばらくヘルメットを脱ぐことも忘れて、瑛一にしがみついていた。
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